トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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波止場の鷹

石原裕次郎という俳優を知ったのはテレビドラマ「太陽にほえろ!」での刑事課長=「ボス」役からで、すでにその頃の石原の顔にはふっくらとした丸みが出ていた。だから石原のずっと若い頃、「狂った果実」をはじめとする作品での、育ちの良さと精悍さの両方を感じさせる顔立ちには逆に違和感を覚えていた。

 

「波止場の鷹」は1967(昭和42)年の作品で、既に30代、ベテランの域に入ろうとしていた石原(1934(昭和9)年生まれ)の顔にはやや丸みを帯びている。そのせいか、この作品には自分の知っている裕次郎が出ている、という印象を強く抱かせる。

 

石原の役まわりは横浜港の小さな荷役業者・久須美商会の社長、思わぬ借金を抱えたためにダンピングしてでも仕事を請け負い、そのために同業者の嫌がらせに苦しみ、受注仕事を動かすために絶望的な金策に走る。もはやかつてのお坊ちゃん大学生はそこにいない。もちろん石原も若い頃にそういう役ばかりやってきたわけではなく、「俺は待ってるぜ」のような影のある男も演じているのだが、「波止場の鷹」でどこか「らしくなった」という感触を抱かせる。

 

石原の脇を固める唯一の相棒役に安部徹を起用したのが良かったのかもしれない。長く悪役専門でやっていた*1安部だが、ここではどこまでも社長について行く忠実さをもちながら、肝心なところで突っ走ってしまう子分役に徹している。正直言って、悪役以外の安部は初めて見た。

 

石原も安部もこの時期、既成のイメージからの脱皮を図っていたのかもしれない。また同じように、浅丘ルリ子の存在も忘れられない。日活の顔とはいえ、彼女もいつまでも小林旭作品での八重歯のかわいらしいヒロインでいるわけには居られなかった。「波止場の鷹」では、金策に追い詰められた裕次郎に融資を紹介するクラブのマダムを演じるが、金主である彼女の父(小沢栄太郎)こそ、彼を陥れようとする暴力団のパトロンだった。

 

セリフの記憶があやふやだが、彼女はこんなことをいう。「これは最初から父が仕組んだことなの。あなたを父に紹介したのも、父の命令。融資が降りた直後にあなたの事務所を荒らしてお金を盗ませたのも・・・でもあなたを愛していることは本当よ、これだけは信じて。」ジレンマに苦しむ悪女。いい役だ。だがそこに幸福なエンディングは約束されない。

 

日活アクションのなかでも、時代は渡哲也と原田芳雄らのニューアクションにさしかかろうとしていた時期の作品だが、ここにはニューアクション風のドライさはない。甘みのあるハードボイルドといった趣の作品。監督は「団地妻 昼下がりの情事」の西村昭五郎。

 

*1:安部をはじめ、かつて日本映画には悪役専門の役者がいた。だから物語の善悪の構図は顔を見るだけでわかった。