トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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なぜ日本の起業家の生涯は映画にならないのか

三菱村といわれる、東京丸の内の一角を用事で歩いて一休みしていたとき、ふと思った。

 

「これだけ立派な企業王国を作り上げた人物なのに、なぜ自分は岩崎弥太郎の生涯を知らないのだろうか?」

 

岩崎弥太郎を知らないのは、単純に岩崎の生涯を描いた映画を見たことがないからだ。考えてみればトヨタを築いた豊田佐吉の映画も見たことがない。ソニーの井深大も、盛田昭夫も、パナソニック松下幸之助も、ホンダの本田宗一郎も、リクルートの江副浩正も、任天堂山内溥も、京セラの稲盛和夫も、ライブドア堀江貴文も、楽天の三木谷浩史も。彼らの生涯や半生は映画になったことあるのだろうか。アメリカには「市民ケーン」から「ソーシャル・ネットワーク」まで、起業家をモデルにした映画がある。そういやスティーブ・ジョブズも映画になっていた。

 

日本の観客が偉人を好まないわけではない。現に乃木希典山本五十六は何度も映画になったではないか。なんだ軍人だけじゃないか。あと偉人と言えば幕末の志士、戦国武将、それに一部の芸術家とごく一部の宗教家、それぐらい?

 

遺族が了承しないという事情が大きいのだろうが、そもそも起業家が日本大衆のロールモデルとして認知されていないのかもしれない。たぶん社長とか会長とかの肩書きは、その人の前ではゴマをするけど、裏でバカにするピエロが似合うとでも思っていないだろうか。

 

若いスタートアップ企業を支援するには、お金を出すだけでは足りないのだろう。起業家が理想とするロールモデルが必要なのではないか。