トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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土曜は寅さん!(3)

シリーズ2作目「続・男はつらいよ」(1969(昭和43))に、寅次郎のかつての恩師、坪内散歩(東野英治郎)という人物が登場する。かつて悪童寅次郎にゲンコツを食らわせた坪内先生は、いまは隠居して自宅で英語塾を開いているという役どころ。

 

坪内先生を演じる東野は、小津安二郎の遺作「秋刀魚の味」(1962(昭和37))に登場する元中学教師「ヒョウタン」役の東野に、どうしてもオーバーラップして見えてしまう。仲間内で小さな同窓会を開いた帰途、酔っ払ったヒョウタンを送っていった笠智衆は、かつて厳しく、尊敬していた恩師が、今は嫁ぎ遅れの娘と小さなラーメン屋の店主におさまっていることを知る。翌日、仲間——加東大介だったか——から「ヒョウタン、今は何をしてるんだい?」と聞かれるが、笠はつい言葉を濁してしまう。(この当時、ラーメンは貧乏人の食い物を象徴するものでしかなかった) 

 

「続・男はつらいよ」での坪内先生の後半生は、「秋刀魚の味」のヒョウタンほど寂寞としたものとしては描かれていない。死別したのか(?)妻こそいないが、娘・夏子(佐藤オリエ)と京都旅行に行くぐらいの余裕はある。そこで寅次郎と偶然に再会、寅次郎の生き別れの生母が京都にいることを知ると、すぐに会いに行くよう強く諭す。例え子を捨てたような親でも、死んだら二度と会えないんだぞ、と。

 

寅次郎の生母(ミヤコ蝶々)はラブホテルを経営するがめつい女で、息子が会いに来たと知るや「金をせびりに来たのか」と吐き捨て、寅次郎を深く傷つけてしまう。だがそれでも会うべきだったのだ、と坪内先生は言う。その言葉は重い。坪内先生自身は幼い頃に両親と死に別れ、会うことさえ叶わなかったのだ。その言葉は自身の半生に根ざした言葉だからだ。

 

柴又に帰ってきた坪内先生はある日、寅次郎に「江戸川で釣ったウナギを食べたい」と頼む。公害で汚れた江戸川にウナギが居るはずもないが、寅次郎は奇跡的に一匹のウナギを釣り上げる。大喜びで坪内先生のもとに駆けつける寅次郎。だがそのとき、坪内先生は既に息を引き取っていた。恩師との短い再会と、永遠の離別。坪内先生はヒョウタンと異なり、最期まで恩師で居続けることができたのだ。

 

それにしても寅次郎と坪内先生のドラマは何なのだろうと、今見返してみて思う。生徒としての寅次郎は中途退学だし、文部省的な基準では「良い子」ではない。それでも20年ぶりに訪ねてきたその子を温かく迎え、生徒・寅次郎もまた一円にもならない恩師の無茶な要望に、何の打算もなく応じる。この二人の関係を人情の二文字だけで表現してしまうのは軽すぎる。