トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

注意)本・DVDなどへのリンクはAmazonのアフィリンクです。ご了承下さい。過去記事一覧はこちらです。

女囚さそり 第41雑居房

「女囚さそり 第41雑居房」(伊藤俊也監督・1972年東映)は「女囚701号 さそり」のヒットを受けて作られたシリーズ第二作。

f:id:sny22015:20131204221047j:plain

 

「女囚さそり」4部作は女優梶芽衣子のイメージを決定づけたシリーズでもあり、同年に結婚引退した「緋牡丹お竜」こと藤純子に代わる新たなスターを求めていた東映との幸福な出会いの結果生まれたシリーズでもある。

 

悪徳刑事のワナにはめられて囚人の身となった松島ナミ、通称「さそり」の復讐と逃亡を描くこのシリーズ、漫画っぽいバイオレンス描写と権力への徹底した反抗、ナミのロングヘアと黒いコート姿も魅力だが、自分が「さそり」にシビレるのはナミの極端な一匹狼志向と過度の寡黙さだ。

 

「第41雑居房」の中で、ナミのセリフはわずかに二つしかない。

ーー [脱獄グループのひで(白石加代子)に向かって] あたしを(刑務所長に)売ったね。

ーー [バスに立てこもる脱獄囚たちを取り囲む刑務所長に向かって] (人質は)死んでるよ。

 

公式の上映時間は93分だがフィルムの劣化した部分を切り落として84分に縮まった上映時間中、最初の68分、ナミは一言も発しない。凄まじい眼光だけでドラマを作っていく。さそりというより野獣の目だ。

 

その間にも、法務省の役人の面前でナミに刺されかけた郷田所長(渡辺文雄)が懲罰として女囚全員に野外労働を強制、その護送中、車内でのリンチをきっかけにナミとひでら7人が脱走し、廃鉱山のゴーストタウンで姥捨ての老婆を看取ったり、山小屋の夜に囚人たちの罪科が語られたり、社員旅行の観光バスをジャックしたりと、ストーリーは急テンポで進んでいくが、ナミだけは無言のまま、ひでら脱獄グループについて行く。

 

ナミに対抗するのが、脱走グループのボス・ひで。彼女もまた、自分を捨てた男との子を二人も(しかも一人は自らの腹の中)殺し、ナミ同様復讐の鬼と化した女である。この作品で多用されるクローズアップは、般若そのものというべき彼女の形相を容赦なく顕わにする。そしてひで自身もそのことを自覚しているのか、鏡を見ることさえ拒否する。であるが故に、鋭い眼差しを向けてくるナミに「なに見てんだい!」と食ってかかる。

 

だが大詰め、警官隊との銃撃戦で瀕死の重傷を負ったひではナミの窮地を救い、そしてナミに肩を支えられて逃れ続けながら、都会を目前にして発狂しながら息絶える。場所は東京・夢の島のゴミ処分場。その末路は自らの復讐心に呑まれてしまったとしか例えようがない。ナミは無言でその目を閉じてやり、弔う。

 

ナミ自身の転落と復讐の物語は、前作でほぼ完結しているため、シリーズ二作目はナミをヒロインとしながらも、彼女を囲む女たちの怨み節が中心として描かれる。だがナミは安易な同情をすることも、ともに戦うことを呼びかけることもなく、ただ見つめ続ける。そして法務局に栄転した所長への報復を自分だけの手でやりのけて去って行く。

 

なぜそこまで、たった一人で立ち向かうことにこだわるのかは、実のところよくわからない。だが「さそり」の美学は何かと言えばその点にあることは間違いないだろう。

 

(画像は「第41雑居房」をフィーチャーしたラピュタ阿佐ヶ谷の特集上映のチケット半券)

 

女囚さそり 第41雑居房 [DVD]

女囚さそり 第41雑居房 [DVD]