トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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必殺!III 裏か表か

幕府と両替商組合の深い癒着に首を突っ込んだために、自分が属する南町奉行所から命を狙われる同心・中村主水(藤田まこと)の死闘を描く「必殺!III 裏か表か」(工藤栄一監督・1986年松竹)。

 

通常、「必殺仕事人」シリーズは闇の中の暗殺場面が見せ所だが、この作品では追い詰められた主水ら裏稼業の仕事人集がかなり無謀な殴り込みを仕掛け、かつて工藤栄一が手がけた「十三人の刺客」(1963年東映)に先祖返りしたかのような集団時代劇の様相を見せる。相手は両替商を束ねる真砂屋徳次(伊武雅刀)の雇った用心棒集。もとより多勢に無勢なうえ、簪や短刀など間合いの短い武器しかない主水以外の仕事人に正面からの斬り合いは不利だ。そうして主水たちは仲間を失いながらも真砂屋徳次に近づいてゆく。

 

面白いのは江戸の御用金を預かる両替商の一つ、枡屋を主水が視察する場面だ。大きな板間に何十人もの勘定人がみな同じ方向を向いて一斉に算盤をはじいている。パチパチパチパチパチという音が部屋中に鳴り響く。全員の計算記録が揃ったら勘定人の頭の彦松(岸部一徳)が全部を取りまとめてもの凄い速さで算盤をはじき、「本日の入金額は十七万三千五百七十五両二分でございます」と集計結果を番頭に渡す。例えていうと並列処理のスパコンの時代劇的表現だ。

 

最近読んだ本に、カフカの不条理小説を映画化した「審判 」(1962年オーソン・ウェルズ監督)の短い感想が「体育館にずらりと机を並べたような、K(「審判」の主人公ヨーゼフ・K)の勤める事務所の風景や、(中略)など印象に残る映像にあふれる映画だった」*1と書かれていた。「審判」はもう相当前に見たきりで、Kの事務所のシーンはすっかり記憶から消え失せていたが、広い場所で大勢の人間がみな同じ方向を向いて作業している風景がなぜか不気味に見えるのは納得できる。工藤が「審判」から両替屋の風景を着想したかどうかは定かでないが、このシーンにはちょうどそれと似たものを覚える。

 

<あの頃映画> 必殺! III 裏か表か [DVD]

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*1:木原武一「要約世界文学全集1」281p