トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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土曜は寅さん!(7): 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け

2020年夏季オリンピックの東京招致の決め手になったのが、滝川クリステルのプレゼンテーションで披露した「おもてなし」という言葉。2013年の流行語にもなったが、もてなすことの本質とは何だろうか。

 

男はつらいよシリーズ第17作「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」(山田洋次監督・1976年松竹)は「もてなしの寓話」とも言える作品である。

この作品には、2つの対照的なもてなしが描かれる。


 柴又に帰ってきた寅次郎が上野で飲んでいると、カネがなくて飲み代を払えず困っている小汚い老人(宇野重吉)を憐れんで代金を払ってやる。老人と意気投合した寅次郎は、酔っ払った老人をとらやの2階に泊めてやる。

老人は朝遅く起きてくると、風呂をわかせろ朝飯を用意しろと横柄な態度でとらやの面々を憤慨させる。

最初は「まあまあ、あの人もきっと貧乏所帯で居場所のない爺さんなんだよ」となだめる寅次郎だったが、老人が外で食べてきたウナギ屋の請求書を突きつけられると、さすがに寅次郎も頭にきて「お前が身寄りのなくて憐れな爺さんだからウチに泊めてやってるんだぞ、それを何だ」と叱りつける。

自分の泊まっているのが旅館ではなく他人の家だと、その時はじめて知った老人は「悪いことしたな」と思い立ち、子供用の画用紙に筆でサラサラっと描いた落書きのような絵を寅次郎に渡し、これを神田神保町の古本屋に渡していくらか用立ててくれと頼む。半信半疑で寅次郎が絵を古本屋に持ち込むと、なんと七万円もの値段で買い取った。

老人の正体は池之内青観、日本画の大家だったのだ。

しかしさくらは、青観の家を訪ねこのお金は受け取れないと細君に返す。

 

数日後、青観は市の招きで故郷・但馬(兵庫県)の竜野を訪れていた。迎えの車中で偶然にも寅次郞と再会し、なぜか二人一緒に市役所主催の歓迎宴会に招かれる。高級旅館、新鮮な魚と灘の酒、芸者を呼んでのどんちゃん騒ぎ。昼は観光名所を回り、夜は接待。市は観光振興のため、地元出身の青観に是非一幅の絵を描いて欲しいと考えていたのだ。もっとも青観の故郷再訪の目的はかつての恋人に会うことだけだったのだが・・・

 

しばらくして、竜野で懇意になった芸者・ぼたん(太地喜和子)がとらやを訪ねてくる。寅次郎との再会を喜ぶぼたんだったが、上京の本当の目的は「うまい儲け話がある」と悪い男に騙し取られた二百万円を取り返すことだった。ところが男は投資先の会社を計画倒産させ、財産をすべて妻名義に移し替えており、裁判に訴えても返せる金は一銭もないと追い返す。失意にくれてとらやに帰ってくるぼたん。

 

 ぼたんをなんとかしてやりたいと考えた寅次郎は、思いあまって青観の家に駆け込み、可哀想な芸者のために絵を描いてやってくれ、それを金に替えるからと頼む。青観は「絵は金のために描くものではない」と寅次郎の頼みを断る。「もう頼まねえよ!」と出て行く寅次郎。寅次郎が青観の下に行っている間に、ぼたんは竜野に帰るため柴又を出て行く。

 

 またしばらくして、季節は盛夏。寅次郎が久しぶりにぼたんを訪ねると、あいさつもそこそこに、ぼたんは寅次郎を自分の部屋に連れて行く。「見て!」ぼたんの質素な部屋の壁に飾られているのは青観が描いた見事な牡丹の花だった。「青観先生がね、『この前は世話になった』って贈ってくれたの。で、市長にこのことを話したらね、二百万円で買い取りたいって言ったけど、断っちゃった。一千万円でも売らないわ。」

二人は青観のいる東京の方角に向かって、手を合わせて礼をする。


 

青観の正体を知らないとらやの面々は、図々しい老人だと思いつつも、青観に風呂を焚いてやり食事を出してやる。忙しいときには小学生の満男の子守も頼む。だが七万円もの謝礼を出されたとき、そんなお金に見合うことはしていないと、お金を返してしまう。

 

一方竜野の市長は盛大な歓待をする代わりに、青観に是非絵を描いて欲しいと頼む。最初から見返りを求めている。しかし青観には見返りとして絵を描くつもりはない。だから同じように、寅次郎が金に困っているぼたんのために描いてやってくれと頼まれても、それはできないと断る。だが、世話になったとらやのために描いた絵の金を、さくらが返しに来たことが頭にあったのだろう。世話への返礼として、ぼたんに金で換えられない価値のある絵を贈る。

 

寓話には教訓がつきものである。この寓話的作品の教訓は「もてなしに見返りを求めてはいけない」ことと、「見返りを求めないもてなしが、巡り巡って誰かを幸せにする」ことだろう。ラストシーンでぼたんが得た幸福は、さくらが青観の絵のお金を返したことがきっかけになっている。

 

そのもてなしの心を、2020年の東京の人々は理解しているだろうか。