トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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蟹工船

2008年に「蟹工船ブーム」というものがあった。この年はプロレタリアート作家・小林多喜二が獄中死してから75年の節目に当たり、小林を巡るシンポジウムや感想文コンクールが開かれたのだが、格差社会の中、明るい将来像を描けない若年層の仕事を巡る漠然とした不安が、小林の代表作『蟹工船』で描かれる過酷な労働搾取とマッチして、書店で平積みになるほどの反響を呼んだ。

 

上のGoogleトレンドグラフのキーワード「蟹工船」(青の線)は興味深いカーブを描いている。2008年5月に急上昇した要因は、さらに5月2日に読売新聞の夕刊1面トップに取り上げられたこと*1、さらに5月27日にフジテレビ「めざましテレビ」が取り上げたこと*2が大きい。

6月8日に発生した秋葉原通り魔事件もブームと無関係ではいられないだろう。池田信夫は「蟹工船」の世界が描くタコ部屋労働の世界と秋葉原通り魔事件を生んだ現代の不安定雇傭の状況は逆であると指摘したが*3、いずれにしても焦点は労働の悲惨であり、共感すればそれでよかったというのがブームの実態ではないか。

さらに9月にはリーマンショックを契機に世界的な景気後退が発生し、そうでなくても弱体化していた日本の雇傭を直撃する。被害を真っ先に被ったのは大量の派遣契約の雇い止めによって仕事も棲む場所も失う若者を大量発生させた「派遣切り」であった(トレンドグラフの赤の線)。

こうした中で蟹工船ブームは次第に下降していくが、2009年7月にSABU監督、松山ケンイチ主演の再映画化版「蟹工船」が公開されると再びカーブが急上昇する。こうして「蟹工船」は1年あまりに渡って話題を提供する事になった。

 

蟹工船」の最初の映画化作品(山村總監督、1953年現代ぷろだくしょん)のストーリーは次のようなものである。

 


 

昭和初期、北海道・函館からカムチャッカ沖で半年間、カニ漁から缶詰製造までを一環操業で行う蟹工船「博光丸」に今年もいわくつきの男達が集まってくる。地元の漁師、鉱山から逃げてきた炭鉱夫、東北の百姓、学生上がり、頭数さえ揃えれば良いとばかりに、年端のいかぬ少年までかり出されてくる。

 

この当時、カニ缶詰は輸出商品で重要な外貨獲得源であり、お前達は国のために奉仕するのだ、と監督の浅川(平田未喜三)はハッパをかける。「お国のため」は誇張ではない。警戒のため日本海軍の護衛艦が随行するという。「困ったことがあったらなんでも相談してくれ」と言った浅川の言葉とは裏腹に、荒れる海と劣悪な労働環境で労働者達は疲弊してゆく。時化る海で川崎船(蟹工船に付属する小型漁船で、蟹漁はこの船で行われる)を出して遭難者をだす。

 

普通、資本家はアメとムチを使い分けて労働者を飼い慣らすものだが、逃げ場のない蟹工船で独裁者として君臨する浅川はムチを使うことしか知らない。労働者が疲弊すると生産性が落ち、本社から無電でハッパをかけられると更に労働者を酷使して余計に生産性を落とす。僚船のSOS信号を受信しても進路を変えるなと拳銃で船長を脅し、漁獲高を上げるためにソ連領海内にまで侵入する。水夫まで蟹缶づくりに駆り出す。やることが無茶苦茶である。

 

悲惨なのは労働者の方である。死んだ仲間の遺体を海に棄てられたことをきっかけに、労務者たちはついに団結し、仕事を放棄して浅川監督に待遇改善を要求する。が、監督は護衛艦に救援を要請し、銃剣を抱えた水兵が船に乗り込んでくる。将校の「責任者は誰か—!」という声にに誰も前に出ない。立場が逆転した浅川は数名を前に引きずり出す。労働者たちは暴れだし、騒擾の中であるものは銃剣に突かれ、またある少年は銃弾に倒れる。「日本軍が日本人を殺すのか!」怒号が上がる。だが叛乱は鎮圧されて幕を閉じる。

 


 

戦艦ポチョムキン」(セルゲイ・エイゼンシュテイン監督、1925年ソ連)を見たことがあるものにとっては、水兵が労働者を虐殺するシーンはショッキングに映るに違いない。

この映画版では、カムチャッカに漂着した船員が「プロレタリアート」という言葉を教えられて蟹工船に戻ってくる原作のエピソードが抜け落ちており、民衆の自然発生的な蜂起を権力者が弾圧するという古来の民衆対権力対立の構図に読み替えられている。

 

この作品では、国家の経済政策のなかに位置する蟹工船の状況ーー加工水産物が当時の重要輸出品目であったこと、そのために軍を動かしてまで操業者を保護したことーーには力点を置いて、民衆を苦しめる国家への告発を描いた作品として、山村は描きたかったのだろうかと考えさせられる。

 

伊福部昭の重厚な音楽も忘れがたい。

戦艦ポチョムキン【淀川長治解説映像付き】 [DVD]

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