トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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幻の馬

馬を一頭しか飼っていない北国の貧しい牧場で、その子馬は夜明けと共に生まれた。

子馬に「タケル」と名づけた牧場の少年、次郎(岩垂幸彦)はタケルをこの上なくかわいがり、ハーモニカを吹いて歌を歌ってやる。タケルが腸の捻れで病んだときは寝ずに一晩中看病する。次郎の兄一郎(遊佐晃彦)はタケルの競走馬の資質を見込んで、走る訓練をつけてやる。

 

二歳になったある日、牧場の近くで起きた山火事に、タケルは巻き込まれてしまう。次郎の父、弥助(見明凡太郎)タケルを助け出そうとしては全身に大火傷を負い、死んでしまう。弥助は死の床で、密かに騎手を目指していた一郎に、東京の騎手養成所に行くことをゆるす。一郎の死んだ兄が落馬で命を落としてから、一郎が騎手になることを反対していたのだ。だが「馬が好きなら馬のそばで死ぬのが一番良いのだ」。それが弥助の最期の言葉になった。

 

父の死に泣きじゃくる幼い次郎。「お前のせいで父ちゃんは死んだんだ!」とタケルをむち打つ次郎。長女・雪江(若尾文子)は次郎を慰める。

 

やがてタケルは馬主の塙に買われ、一郎と共に東京に旅立つ。中山競馬場でG1レースにデビューするものの、タケルはレースになじめず失格してしまう。群衆の大歓声がタケルに山火事の恐怖の記憶を呼び起こしてしまうのだ。一郎のアイディアで都会のあちこちにタケルを連れ出し、次第に騒音に慣れていったタケルは競走馬の才能をメキメキと発揮してゆく。皐月賞で優勝。次はダービーの制覇を期待されていたその時、厩舎の側で火事が起こり、再びタケルは精神不安定になる。

 

心配した雪江と次郎が牧場から駆けつける。次郎はタケルにハーモニカを聞かせてやり、故郷の牧場から持ち込んだ餌を与えてやる。タケルは次第に落ち着きを取り戻し、ダービー出走が決まる。騎手はタケルを子馬の時から見守ってきた一郎がつとめることとなった。

 

4歳馬*1にのみ与えられるただ一度きりのチャンス、ダービーをタケルと一郎は全力で走り抜け、終盤の猛烈な差し込みで優勝を勝ち取る。だがタケルの様子が少しおかしい。その夜、獣医は腸が捩れてしまいもはや手の施しようがないと一郎たちに告げ、その言葉通り夜明けと共にタケルは息を引き取る。号泣する次郎。「姉ちゃんがタケルを無理矢理走らせたからタケルが死んだんだ!」と当たり散らす次郎。雪江は、タケルは一度きりの生涯を全力で生きぬいたのだと次郎を慰める。

次郎は朝焼けの雲の中ににタケルの幻を見る。

 


 

「幻の馬」(島耕二監督・1955年大映)の主役・タケルにはモデルがいる。

トキノミノルという名の名馬である。1948年生まれ、1951年死亡の牝。

トキノミノルは日本の競走馬である。10戦10勝・うちレコード優勝7回という成績でクラシック二冠を制したが、東京優駿日本ダービー)の競走17日後に破傷風で急死、「幻の馬」と称された。戦後中央競馬で10走以上した馬で、唯一全勝を記録している。

(中略)

トキノミノルの死は一般紙にも取り上げられ、読売新聞は社会面のトップで報じた。こうした中で作家の吉屋信子毎日新聞に寄せて「初出走以来10戦10勝、目指すダービーに勝って忽然と死んでいったが、あれはダービーに勝つために生まれてきた幻の馬だ」という追悼文を発表し、以降この「幻の馬」がトキノミノルの二つ名として定着した。

トキノミノル - Wikipedia

トキノミノルは当時の大映社長・永田雅一の持ち馬であった。であるからトキノミノルに捧げられる映画は大映以外に作れなかった。

 

この作品はDVD化されていないこともあって、レビューはほとんど見つからないが、一つとても良い文章が書いておられる方がいる。

■日本映画の感想文■幻の馬

この方はご自身でも馬術をされている立場から、馬に関わって生きる人びとが丁寧に描かれている点を高く評価している。

 

いっぽうで、自分は乗馬をしないどころか、生で馬を見ることはほとんどない。競馬ファンでもない。浅草の場外馬券売り場の向かいにあった映画館でヤクザ映画に入り浸っていたのがせいぜいといったところだ(その映画館には、レースの結果がいつも壁に張り出されていた。馬券を買った客の時間つぶしの場所だったのだろう)。その意味では、タケルの短い生涯を感動をもって伝えることは難しいだろう*2

 

ただ、自分にいえることは、この作品では映画の節目節目で「夜明け」が重要な意味を持って描かれる事だろう。タケルは難産の末、夜明けと共に生まれる。最初の病で倒れたとき、次郎のつききりの看病で夜明けに回復する。しかしその病は、のちにダービーを走り抜けた朝焼けの中、タケルの命を奪う。こうして少年は朝焼けを見る度に成長してゆく。

 

 

*1:現在の馬齢の数え方では3歳

*2:自分の個人的な趣味の範疇では、時代装束でポロによく似た馬術競技をする祭りとか、亡父の墓前で黒い獅子舞を奉納する習俗の風景がとても興味深い