トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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動脈列島

ただの脅しでないことは明らかだった。

東京行きの新幹線ひかり号のトイレから、ニトログリセリンを染み込ませた土とタイマー、それに国鉄総裁への脅迫状が発見された。脅迫状には、市街地での新幹線の減速運転、防音壁の設置、線路周辺の住宅地買い上げといった新幹線騒音公害の解決を直ちに実行しなければ10日後に走行中の新幹線を転覆すると記されていた。

国鉄(現在のJR)の通報を受けた警察庁は、犯罪科学研究所所長の滝川(田宮二郎)に犯人割り出しと犯行阻止を命じる。犯罪心理学の専門家である滝川は、脅迫状から犯人像をプロファイリングし、二年前に新幹線が発する騒音・振動と沿線住民の疾病の関係を指摘する研究報告を執筆した研修医の秋山(近藤正臣)を犯人と断定し、その行方を追う。

だが秋山はどこに潜伏し、どのような手口で新幹線を転覆するのかはまったくわからない。滝川はあえて秋山を指名手配して沿線に厳戒態勢を引き、国鉄は犯罪者に屈服はしない、とあえて新幹線運行を強行する。

 

*

 

1975年9月6日に公開された「動脈列島」(増村保造監督・1975年東宝)は、同年7月5日公開の「新幹線大爆破」(佐藤純彌監督・1975年東映)との競作だが、現在の評価では、残念ながら前者は知名度の点で後者に劣る。

競作が生まれた背景には、この年山陽新幹線が全面開通し、東京から本州を西に貫く大動脈が完成したという事情がある。だが国と国鉄は、1959年の東海道着工以来完成を急ぐあまり、沿線住民への影響ををなおざりにしてきたという深刻な問題も抱えていた。そこに光をあてたのが「動脈列島」である。

とはいえいずれもサスペンス映画であり、どちらが娯楽としてよく出来ているかと言えば「新幹線大爆破」の方だと答えなければならない。一方に豊富で他方に足りないものははっきりしている。熱さだ。それをもっとも体現しているのが「新幹線大爆破」で宇津井健演じる新幹線運行管制室長である。爆弾のために止まれなくなった新幹線の事故を未然に防ぎ、乗客の家族を悲しませないこと、そのために自らの職務に必死に知恵を絞り、全力を尽くすこと、それが彼の信念であり正義であった。そしてそれが犯人確保を優先する警察の論理と衝突し、国鉄上層部が警察の方針に折れた時、彼は潔く現場を去る。「動脈列島」の"敗因"を求めるとしたら、宇津井健をキャストに起用できなかったことに尽きる。宇津井健的な熱い正義漢は増村保造自身が「黒の報告書」(1963年大映)で見出しているにも拘わらず。

 

「動脈列島」は、医師としてその犠牲者に寄り添った経験から、公害対策に本腰を入れない国鉄への義憤という秋山の犯行動機に焦点を当てて描いている。物語の終盤、すでに全国指名手配された秋山は、大胆にも国鉄総裁(山村總)の自宅に侵入し、総裁との直談判にさえ及ぶが、結局は物別れに終わる。この時点で国鉄の累積赤字は既に1兆円を超え、被害者補償への充分な手当は不可能だったのだ。*1こうして秋山は、国鉄に対するたった一人の戦いに自らを追い込み、終始冷静な科学者刑事・滝川との頭脳戦のなかで包囲網を狭められてゆく。

 

秋山の側に寄り添った見方ーーそれは、公害問題のような大きな敵に対して個人は何ができるのか、それを物語としてどのように魅力的に作るか、ということだがーーに注目すると「動脈列島」と比すべきは手塚治虫が『ブラック・ジャック』に描いた1エピソード「震動」*2ではないかと思う。

 

*

 

新幹線の沿線の長屋に住むオヤジ「八つぁん」が、新幹線に投げた小石が跳ね返り、運悪くカミさんの腹に当たって大ケガを負わせる。出血がひどく、動かせる状態ではない。たまたま近くの居酒屋に居合わせたブラック・ジャックが妻を応急手術することになる。「あいつは高い手術代をふんだくるヤミ医者だ」という八つぁんの仲間の忠告に、ブラック・ジャック国鉄から賠償金をせしめればいいと宣言する。

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しかし、いざ手術を始めると、新幹線の起こす震動のために動脈の縫合が出来ない。しかも新幹線は3分おきに通過する。これでは手術は続行不可能だ。

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八つぁんは無我夢中で国鉄に電話し、電話に出た偉い人に「うちのかあちゃんを殺さないでくれ」とオイオイ泣きながら懇願する。すると奇跡が起きる。国鉄は手術が終わるまで新幹線を緊急停止させた。ブラック・ジャックは血管縫合手術を無事終わらせ、八つぁんに妻をすぐ入院して輸血させるよう指示する。

国鉄もアジなことするじゃねえか」と安堵する八つぁんを、ブラック・ジャックは「そんなことより国鉄からゴッテリ見舞金をふんだくることを考えろ」と叱咤する。

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*

 

少年漫画のご都合主義的側面があるのは仕方ないが、「震動」は「動脈列島」と同じ視点を持ちながら、ブラック・ジャックと八つぁんがたった一人の患者を救うために新幹線を停めてしまう、という、より娯楽性を高めた小品に出来上がっている。この作品には明らかに熱さがあり、国鉄にひと泡吹かせる爽快感があり、「ブラック・ジャック」ではお馴染みの照れくさいヒューマニズムがある。「動脈列島」が目指すべきだった地点はここだったのではないかと思う。

 

蛇足ながら「動脈列島」の冒頭、爆弾が隠されたトイレの水洗が流れないと車掌に文句を言う大阪弁の女役で、芹明香が出演している。芹明香にトイレを使わせるなら、どうして放尿シーンを撮らなかったのかという気もするが、東宝の映画にそれは無理だろう。

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*1:国鉄の累積赤字問題はのちに中曽根内閣の行政改革の焦点とされ、87年の国鉄分割・民営化=JR各社の発足へと繋がってゆく。

*2:週刊少年チャンピオン1976年9月6日号掲載、講談社手塚治虫文庫全集 ブラック・ジャック(7)』所収。画像は同書による