トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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からみ合い

向かいの席でタバコをふかしているこの男、吉田という名の嫌味たらしい男との偶然の再会のせいで、銀座のウィンドウショッピングは台無しになってしまった。

——嫌な日になった。せっかくの散歩を台無しにして、思いもかけなかった不愉快な男と出会って。子供みたいだった二年半前、今では一世紀も昔のような気がする。気負ってはいたが、いつもお小遣いの足りないサラリーガール、コンクリートの穴蔵と、木の匣みたいなアパートの四畳半、あたしの生きがい、その誇らしい傷口・・・

やす子(岸惠子)は思い出す。彼女がかつて秘書として仕えていた東都精密工業社長河原(山村聰)のこと、まだ「宮川君」と名字で呼ばれていた頃からの社長との関係を。

*

河原は胃癌で自分の余命があと半年もない事を知った。

大企業の傲岸不遜な社長として君臨し、二十歳も年の離れた妻・里枝(渡辺美佐子)と麻布の豪邸に暮らす河原は、しかし、総額三億円にのぼる自身の財産を相続させる実子がいなかった。河原は、あちらこちらで違う女に生ませた三人の隠し子を探しだし、気に入れば跡取りにすることを思いつく。誰も気に入った者がいなければ、里枝の法定相続分以外は社会事業に寄付するつもりでいる。

 

顧問弁護士の吉田(宮口精二)に割り当てられたのは真弓という娘を探すことだった。

吉田の部下、古川(仲代達矢)は福島で、マリという芸名で温泉客相手のヌードモデルをしているその娘(芳村真理)を見つける。欲望にぎらつくマリを見た古川は、彼女を河原の気に入る相続人に仕立てあげる計略を持ちかける。遺産が手に入ればバックマージンは5千万、吉田から独立するための資金が古川の手許に転がり込む算段だ。

 

河原の妻・里枝とその従兄弟で東都精密の秘書課長でもある藤井(千秋実)は、川越にいる七歳の娘・ゆき子を探すよう命じられるが、その子はすでに他界していた。藤井と里枝は、不倫でできた隠し子をゆき子に仕立て上げ、里枝を後見人に据える作戦を立てる。子供の戸籍を改竄するという、かなり危険な橋を渡って。

 

やす子は河原が満州で生ませた定夫(川津祐介)という20歳の青年を探すよう命じられた。だが定夫は鵠沼海岸界隈で有名な不良大学生だった。定夫はやす子に目をつけ、執拗に取り入ろうとする。

 

癌の切除手術後、自宅療養しながら執務する社長のため会社と河原邸を往復することになったやす子は、ある日台風で家に帰れなくなり河原邸に泊まることになる。

そしてその夜、やす子は病んでなお精力盛んな河原に体を奪われてしまう。翌朝、十万円の現金が入った白い封筒がやす子に渡される。月給二万円のやす子は、その汚れた金を持っていたくないがために、この金でゲランの香水を買おうと決める。

そしてまもなく、やす子は河原の屋敷に一室をあてがわれ、毎夜河原の夜伽をさせられるようになる。そのたびに白い封筒をもらい、そのたびにやす子の罪の感覚は摩耗してゆく。

 

——私はお金に慣れ、病人のわがままに慣れはじめた。慣れると楽になる。だから人は色んなものに慣れる。欲にも、辱めにも。

 

河原の死期が近づき、それぞれの思惑を抱いた3人の子が河原の元に集まる。
定夫は河原に真っ先に追い払われる。藤井の策略でチンピラに喧嘩を吹っかけられ、警察沙汰を起こしていたからだ。


定夫と入れ替わりに屋敷の玄関に上り込んだのは警察だった。刑事はマリを殺人の容疑で連行する。マリの本名は真弓ではなく真理恵、マリを真弓と誤認した古川を騙し続けるために姉の真弓を殺し、成りすましていたのだ。浅はかな計略が失敗に終わった古川も河原邸を叩きだされる。三人の子のうち、ゆき子だけが残った。

 

だが、遺産を寄付させて財団法人を設立し、その理事の椅子を手に入れる腹づもりの吉田は、里枝と藤井の企みを掴んでいた。里枝を切り崩す切り札となる戸籍謄本は吉田の手にあったが、真弓の一件の再調査のため福島に行かざるを得なくなる。吉田はあとをやす子に託す。

 

その頃、やす子は妊娠が発覚する。子供のように悦び、遺産を託すと告げる河原に、やす子は泣きながら訴える。「いいんです遺産だなんて。私、それが嫌で言わなかったんです。ただ認めてさえいただければ。子供は私が働いて育てます」

無論それで河原が引き下がるはずもない。遺産はお腹の子に分け与えると約束する。洗面で涙を洗ったやす子は、鏡に映る自分の顔を見つめる。

 

——恐ろしかった瞬間が過ぎた。ふと思いつき、化粧を落として素顔になり、硬い青ざめた膚がむき出しになったとき、自分の中に今までなかったはたらきがある事を知った。自分の話す言葉そのものになり、自然に涙が流れ、感情がほとばしり、時が過ぎた。

 

遺産は法定相続人の里枝、そしてゆき子、そしてやす子のお腹に宿った子に三分の一ずつ託される遺言状が書かれ、河原は苦しんで死ぬ。

だがまだ遺産を狙っている者がいる。そして切り札はやす子の手中にある。やるべきことは残されている・・・

 


 

「からみ合い」(小林正樹監督・1962年文芸プロダクション=にんじんくらぶ=松竹)の魅力は、冷たい美貌、「社長夫人になるために生まれてきた」ような鼻持ちならなさの渡辺美佐子、古川の計略に乗った瞬間にぞっとする目を見せる芳村真理、地味なOLからしたたかな悪女へと変貌を遂げる岸恵子の三人の悪女ぶりだろう。彼女たちの前ではベテラン宮口精二も千秋実も影が薄くなる。

 

人が悪に変わるには、やす子の言うように「ふと思いつき」、ほんの一瞬の勇気を出せばいい。あとは惰性がすべてを押し流してくれる。

 

武満徹の渋いジャズ調のテーマ曲が心地よい、スタイリッシュなミステリ作品だが国内向けのDVD化はされていない。アメリカで発売されているDVD(下記のボックスセットに収録)はあるがリージョン1なので再生環境に注意が必要だろう。それ以外はフィルムでの上映機会を探すしかなさそうだ。

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