トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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人斬り与太 狂犬三兄弟

ラーメンにのせるチャーシューは一、二枚の方がいい。

そのほうが丼の小さな世界におけるチャーシューの希少価値を高めるし、どのタイミングで食べるかっていう作戦を立てるのも、じっくり味わうのも楽しい。一杯のラーメンにおけるチャーシューの存在意義は、ショートケーキにおけるイチゴのそれに等しい。

共にラーメンを食べる家族、恋人、友人に自分のチャーシューという貴重品をあげるという行為は、だから、自分には経験はないけれど、それはある意味で親密性の儀式なのではないかと思う。俺はお前の敵ではない。お前と俺は身内だ。その証しに俺のチャーシューをお前に授ける。

 

*

 

「人斬り与太 狂犬三兄弟」(深作欣二監督・1972年東映)はこんな映画である。

「ムショから出てくりゃ金バッジの大幹部」になれると期待して、村井組組員・権藤(菅原文太)は弟分の大野(田中邦衛)とともに敵対する新生会*1を襲撃し、組長を刺殺、ひとり警察に自首する。だが六年後、出所した権藤を迎えたのは大野一人。シマに戻れば、新生会の奴らがうろついている。村井組長(内田朝雄)に聞けば、村井組と新生会は手打ちをしたという。世間の眼も厳しくなり、もう派手な出入りはできず、互いの縄張りに手は出さないという了解ができていたのだ。組のために六年も臭いメシを食ったのは何だったのか。釈然としない権藤。

 

鬱憤晴らしにシマの商店からカスリを脅しあげてバクチに注ぎ込み、若頭の五十嵐(室田日出男)に咎められた権藤は、自分のシノギは自分で稼ぐ、とモグリで売春宿を営むバー「おけい」のママを恫喝し強引に用心棒に収まる。さらにペットの蛇をいつも連れ歩く気味の悪い流れ者の谷(三谷昇)を仲間に加え、権藤・大野・谷は「おけい」を根城にトリオを結成する。

 

まもなく、ある田舎娘(渚まゆみ)が騙されて「おけい」に連れて来られる。が、この娘は最初こそ権藤に犯され処女を奪われるものの、以後は強引に抵抗して客を取ろうとしない。怒った権藤にぶん殴られ、服も下着も取り上げられ、「大人しく客を取るまで何も着さねえからな」と脅されるが、それでも客の金的を蹴り上げ全裸のまま繁華街へと逃げだし、権藤に髪の毛をひっつかまれて連れ戻される。翌朝、娘の強情さにさすがの権藤もねをあげ、服を着せて「おけい」を追い出す。が、その日のうちに谷が娘を連れて帰ってくる。聞けば、勤めるはずだった工場が潰れてしまい、働く場所も、住む家も、行くあてもなく彷徨っていたのだという。

 

同じ頃、ヤミ売春のことを知った村井組長は、警察の摘発が入る前にすぐ商売を辞めろと権藤をどやしつけ、「おけい」は休業に追い込まれる。無業になった三人のヤクザと一人の娘の奇妙な共同生活がはじまった。

明くる日、権藤は昼飯に出前のラーメンを頼んだ。チャーシューメン二つと、ラーメン一つ。権藤と大野と谷の分だ。だが大野は用事で外に出かけていた。権藤は娘にラーメンを食べさせてやる。自分のチャーシューメンから、チャーシュー二つ取り分けてやる。

 

権藤は新生会の借金取り立てに苦しむ町工場の社長から借金帳消しを頼まれ、新生会を追い払う。だがこれは明確な新生会のシマ荒らしだった。新生会から反撃されて谷は命を落とし、権藤と大野は村井組から謹慎を受ける。ヤケを起こした権藤は、仇敵の新生会代貸・志賀(今井雄二)を撲殺し、「おけい」に女を連れ込んでイモーー権藤は田舎娘のことをそう呼ぶようになっていた。イモ娘のイモであるーーの目の前でセックスを始める。イモは権藤が寝ている間に「おけい」を出て行く。

 

村井組長は志賀殺しのケジメをつけるため、権藤の処分を新生会に約束する。権藤と大野は高飛びを図るが、軍資金を取り立てようとした大野の母と弟に逆上され、大野は殺される。ひとりになった権藤は反撃を決意し、村井を自宅で射殺するが、五十嵐ら村井組の襲撃でハチの巣にされる。

 

担架で運ばれる権藤の死体を、警察の現場検証のロープの外から見つめている女がいた。イモである。次の場面、中華そば屋でイモの前にラーメンが差し出される。彼女はチャーシューを箸に取り、そっとドンブリに戻す。そして麺をすする。涙がこぼれる。やがてイモはうなだれて嗚咽をはじめる。字幕が被さる。

 

そして数ヶ月後
この女は
狂犬の血をひいた
赤ん坊を産んだ

 

 

深作欣二のフィルモグラフィの中では「人斬り与太 狂犬三兄弟」は「仁義なき戦い」(1973)の一つ前にあたり、主演も菅原文太で、親分子分の争いというストーリーも両作品の類似性を感じさせる。

だがこの作品を、極めて暴力的な内容にも拘わらず独自の詩情を漂わせているのは渚まゆみの存在感あってのことだと思う。

渚まゆみ自身も「仁義なき戦い」一作目では松方弘樹の女房役として、また四作目「頂上作戦」ではヌードスタジオに売り飛ばされた過去を持つヤクザの情婦として登場するが、出番はあまり多くない。

渚まゆみはもともとは大映でデビューし、60年代から活躍していた。「濡れた二人」(増村保造監督・1968年大映)では若尾文子を向こうに回して北大路欣也演じる若い漁師を取り合う漁協の娘役をーー増村映画の女性らしく自分の情念に忠実でそのために体を張ることも厭わないーー熱演したのが印象的だ。大映の倒産と前後して東映に移ったが、ヌードも辞さない度胸もありヤクザの情婦役が多かったように思う。

 

「人斬り与太 狂犬三兄弟」での「イモ」(脚本では桂木道代という役名が与えられているが、劇中その名前で呼ばれることは一度もない)には、科白がまったくない。声が出ない役なのではない。松田寛夫・神波史男による脚本では「・・・」や「・・・!」という「せりふ」ばかりなのだ。

しかもイモは端役ではない。血の気が多すぎる狂犬・権藤がほんの束の間、気まぐれに垣間見せる優しさを受け止める、極めて重要な役だ。それを権藤が何気なく自分にチャーシューを分け与える仕草にハッと驚く表情、そして権藤の死を目の当たりにし、ふたたびラーメンに向かったときに一度チャーシューを持ち上げ、そっとドンブリにもどし、泣きながら麺をすする仕草を、一切の科白なしで表現した渚まゆみの素晴らしさを、決して忘れてはならない。

 

ある男の壮絶な生の記憶を、普通の人生であれば交錯するはずのない一人の娘が受け継いでゆく。そのきっかけがラーメンのチャーシューを与えるという一見何気ない場面だったのである。

 

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*1:この敵の組の名前、日本映画データベース http://www.japanese-cinema-db.jp/Details?id=11878 でも雑誌「シナリオ」2015年3月号に掲載されたオリジナル脚本でも「北闘会」という名前になっている。撮影直前に何らかの事情で変更になったようだ