トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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誇り高き挑戦

昔のことを蒸し返す奴はけむたがれるのが普通だ。

しかし深作欣二のいくつかの作品では、昔のことは忘れたという奴が悪役に回る。「仁義なき戦い」(1973)の終盤、広能昌三(菅原文太)が狡猾な親分山守義男(金子信雄)に絶縁を言い渡す場面。広能は山守の腰巾着・槇原(田中邦衛)から殺しの標的・坂井(松方弘樹)の隠れ場所を手渡される。その走り書きに、広能はふと七年前の出来事を思い出す。

「おい、若杉の兄貴の隠れ家地図に書き込んで、サツにチンコロしたのはおどれらか!」
「そがな昔のこと、誰が知るかい」

「仁義なき〜」はシナリオの科白を一字一句変更しないで撮るという条件で笠原和夫が深作の監督を了承したという経緯があり、これだけをもって深作の思想の反映とは言い切れないが、「狼と豚と人間」(1964)では、暴力団幹部に出世しナイトクラブの経営者についた長兄(三國連太郎)は、母の死を知らせるため訪ねてきた、スラム街の生家に今も住み続ける末弟(北大路欣也)をはした金で追い払う。長兄にとって末弟はとっくに捨てた過去でしかない。末弟と次兄(高倉健)は長兄の組織に戦いを挑み、バラック小屋に立てこもって銃撃戦がはじまると、「帰ってこいよ!一緒にやろうぜ、昔みたいによお!」と次兄が何度も呼びかけても長兄はただ立ちすくんでいることしかできない。そして弟たちは襤褸きれのように殺され、長兄は途方に暮れて歩み去る。兄弟の虐殺を遠巻きに見ていたスラムの住民達は、長兄の背中に向けて次々と石つぶてを投げる。

 

昔のことを忘れた奴を悪の側に配置すると、過去を蒸し返す役目は主人公に立てざるを得なくなるが、それは別に正義漢や善人である必要はない。菅原文太は上記の場面の後で彼を欺いた松方弘樹とケジメをつけるために銃を手にするのであり、北大路欣也は自分だけをスラムに残した兄たちを恨み続け、カネを手にして這い上がろうとしていた。昔のことをほじくり返すというのは、だから、お前は俺と同じくらい汚れた手をしている、それを直視しろというメッセージを投げかけているだけなのである。

 

*

 

「誇り高き挑戦」(深作欣二監督・1962年ニュー東映)は過去から逃れられない新聞記者・黒木(鶴田浩二)と現在にのみ生き続ける闇商人・高山(丹波哲郎)の対決を描く物語である。

 

業界紙「鉄鋼新報」の記者黒木は、三原産業が発注元不明のマシンガン製造に携わっていることを嗅ぎつけ、張り込み取材をしているうちにある男を目撃する。それが高山であった。

黒木は高山の顔をこの十年間忘れたことはなかった。戦時中は日本軍の特務機関員、戦後はGHQの諜報機関に乗り換えた、餌をもらえるならどこにでも尻尾を振る野良犬。全国紙の社会部記者だった米軍占領期、ある女の殺人事件を追う黒木を捕らえリンチにかけた男だった。黒木は全国紙を辞め、目元の傷跡を隠すため常にサングラスをかけるようになった。

 

黒木と部下の畑野(梅宮辰夫)の追跡取材で、三原産業のマシンガンは文化行事を隠れ蓑に革命から日本に逃れてきていた東南アジア某国のスルタンら王党派が、反革命闘争の武器として調達を画策しており、その手引きをしているのが高山であることを黒木は突き止める。黒木の動きを察知した高山は自ら彼に接触する。

「用件を聞こうか」

「俺を忘れたか」

「失礼だが覚えていない。どこかでお会いしたようだな」

「占領中のことだ。山口夏子という女が基地の中で殺された。犯人はまだ挙がっていない。思い出したか」

「君はあの事件の…なかなか立派な新聞記者だったな。しかし今さらパンスケが殺された事件なんかほじくってどうするんだ」

「ふざけるな! 夏子はパンスケなんかじゃなかった。あの事件は、単純な痴情殺人として片付けられた。しかし、俺が彼女の足取りを辿っていくと、軍の諜報部に行き当たった。そこで彼女は消えた。つまりお前達に殺されたんだ。取材中の俺を脅迫して、新聞社から追放したのも、真実の曝露を恐れたからだ」

「君はそんなことを確かめるために私に会いたかったのか」

「お前には忘れることができても、俺には忘れられんことだからな」

「なるほど、では教えてやろうか。全部君が調べたとおりだったよ。夏子は日ソ協会に勤めていた。そこの情報を探らせようとしたんだが言うことを聞かん。バカな女だった」

「バカ? 貴様のような、根性の腐った日本人じゃなかったんだろう」

「戦後の日本人には根性なんてものはないよ。ないものは腐るわけあるまい。死んでまで頑張ることはなかったんだ」

「聞いたようなことを言うな! 殺しの片棒担ぎやがって」

「手っ取り早く用件を片付けようじゃないか。一体いくら欲しいんだ。ただし余りいい値段じゃ買えないな。慰謝料くらいならくれてやってもいいが」

「俺が金のためにだけお前を追っかけ回してると思っているのか」

「ゆすり専門のごろつき記者を前にして他のことが考えられるかね。それとも時代遅れの正義屋に逆戻りするつもりか」

「それもいいと思ってるんだ、場合によってはな」

「かったるい言い方はよせ! 俺は忙しいんだ。何が欲しいんだ一体」

「それを俺も考えていたんだが今わかったよ。俺が欲しいのは金じゃなくてお前の泣きっ面だ。お前の利口ぶった顔つきは十年前と同じだ。その面をひんむいてやる。普通の日本人並みになるようにな」

 

黒木は十年前の殺人事件の真相を記事に書き、かつての勤務先の新聞社に持ち込むが、諜報部の存在を露骨に曝露するものは載せられないと断られる。かつて黒木の上司だった社会部長(小沢栄太郎)が「俺たちなりに真実は伝えようとしているんだ。だがその真実という奴が難物なんだな。だが気長に少しずつ変えていく、ステップ・バイ・ステップ。それが俺たちがこの世の中でできる唯一の抵抗だ」とたしなめた時、黒木の怒りは爆発する。 

「もう結構ですよ…同じだ、全く同じだ。あの頃、あんたはそこのデスクに座ってた。そして口癖のように俺に言い聞かせた。『ものごとは辛抱が肝心だ。占領が終わったら、その時こそ何でも言える、何でも書ける。気長に少しずつ変えてゆこう』ステップ・バイ・ステップか…ふざけるな! 占領が終わってあんたたちはどう変わった! 何にも変わっちゃいねえ! イスが一つ、でかく立派になっただけだ! このことははっきりさせとこう。あんた達の力じゃ世の中びくともしねえんだ! あんた達は何も変えることはできないんだ!」

 

高山の行方を追う黒木は、尾行してきた男を通じて革命政府の情報部と接触し、武器密輸阻止のため情報交換を申し出る。「同じアジア人として手を結べないか」という黒木の言葉を、情報部員(山本麟一)は冷たく突き放す。

「太平洋戦争の時も、日本人はそう言った。しかし私達を結んでいた手は、いつの間にか鉄の鎖に変わってしまった。朝鮮戦争で日本経済は立ち直った。そしてまたよその国の戦争で儲けようとしている。アジアの歴史は、日本人を信用するなと教えている」

 

黒木の唯一の協力者であった三原産業の事務員で黒木の昔馴染みの弘美(中原ひとみ)が行方不明になり、彼女をさがすうちに辿り着いたとある精神病院に黒木も捕らえられ、鉄格子付きの病室に幽閉される。そこが高山のアジトだったのだ。武器は翌朝、港で荷揚げされる。黒木は高山に寝取られたスルタン夫人マリン(楠侑子)の協力で病室から脱出に成功するが、弘美は拷問で廃人になっており、荷物の武器は港に向かいつつあった。黒木は車を港に飛ばすが、すでにマシンガンを載せた船は出港した後だった。

 

その夜、高山は黒木を再び呼び出す。ナイトクラブの喧噪の中で二人の日本人が対峙する。

「俺に何の用だ」

「お前の方で俺を捜していたんじゃないのか。俺の泣きっ面を見たいと言っていたな。だがあいにく俺は笑いが止まらなくて困ってるところだ。仕事は上手くいく金は入る、美人にはもてる。だが人間、得意な時ほど落ち目の奴が可愛くなるものだ。一杯いこう」

「いい気になるなよ」

「相変わらず鼻っ柱の強い奴だ。君はあの事件以来俺や諜報部を目の敵にしているようだが、それはちょっとお門違いじゃないかな。毎朝新聞が君をあっさりクビにしたんで驚いたのはこっちの方だ。君をダメにしたのはどうやら、周りにいた日本人自身じゃないかと思うんだが。
だが俺は毎朝新聞を咎めようとは思わん。日本人全体としてはそうするしか生きる途はなかったんだから。妥協できるところは妥協して…ほうら見ろ、結構な復興ぶりだ。こうしてみると植民地もまた好しだ。ようは多いに儲ければいいんだから。餌あるところに飛び込む一匹狼。孤独で、厳しくてロマンティックで。そうは思わんか」

「言いたい屁理屈はそれだけか」

黒木は今度こそ高山とGHQの工作を記事に書くまくってやる、そうすれば日本も少しは変わるだろうと挑戦状を叩きつける。その最中、高山に呼び出されて現れたのは革命政府の情報部員たち。驚く黒木の前で、高山は「お前たちが知りたがっている反革命軍の武器の荷下ろし場所の情報を買わないか」と持ちかける。怒りに席を立とうとする黒木を、高山は引き留める。

「幕の途中で帰るつもりか」

「お前の一人芝居も先が見えたよ。そのうち、自分も裏切られて殺されるんだ」

「誰も信じちゃいない俺が誰に裏切られる」

「お前の中のお前にだ。せいぜい今のうちに楽しんでおけ」

 

黒木は宣言通り、鉄鋼新報に「日本を覆う黒い霧」の記事を書きつける。鉄鋼新報に送りつけられた大量の脅迫に、編集長も畑野さえも黒木のもとを去る。それでも黒木は一人で書き続けると意地を張る。黒木の記事に動揺したのは高山でも日本社会でもなく、高山を利用し続けてきたアメリカの諜報機関だった。彼らは決断する。騒ぎが大きくなる前に、高山とはサヨナラだと。

 

追い詰められた高山は、三度黒木を呼び出すため電話をかける。高山のアジトの精神病院と繋がっている組織の正体を教えるという。だが待ち合わせの埋立地に黒木が駆けつけたとき、高山はすでに死体になって転がっていた。

 

高山殺しは「暴力団の内部抗争」として新聞に載った。十年前と何も変わらない、真実を見ようとしない世の中に苛立ちを覚える黒木。その黒木を、十年前の事件の被害者の妹、いまは大学生になった妙子(大空真弓)は叱咤する。

「あなたには何も変わってないように見えるけど、それはそのサングラスのせいなのよ。よく見ないとわからないところで、少しずつ変わってるんだわ。
第一、黒木さんの目の前のものが変わったわ。あたし、黒木さんが好きよ。サングラスなしの黒木さんが。そんなことかと言わないでね。人間が変わったら、世の中だって変わるわ」

 サングラスを外した黒木には、国会議事堂の後ろで輝くまばゆい太陽が見えた。

 

*

 

「誇り高き挑戦」は、高山の自滅によって黒木が苦い勝利を納め、彼の数少ない理解者である妙子の力でわずかな希望を取り戻すという物語になっている。

だがこの作品で強調されているのは、むしろ「ない根性が腐るわけはない」「植民地もまた好しだ」といってはばからない闇商人高山と、彼の言葉を通して皮肉られる日本の戦後社会そのものだと思える。この作品には敗戦の年に15歳だった深作欣二の、戦後史へのシニカルな視線がダイレクトに反映されているような気がしてならない。都合の悪いことに目をつむり、見ない振りをしているうちに本当に忘れてしまった数々の悲劇の上に、我々は繁栄のあぐらをかいているのではないか?と。

 

その「忘却する日本人」のカリカチュアとして描かれる高山を演じられるのは、丹波哲郎をおいてほかになかっただろう。巧みな英語でアメリカとも東南アジアとも王党派とも革命派とも渡り合い、自然体でも策士のたたずまいを漂わせる俳優は彼をおいてない。知的でずる賢く、独自の哲学をもつ悪役でありながら、まぎれもない我々の同類である高山を体現した点において、丹波哲郎は「仁義なき〜」の金子信雄も「狼と〜」の三國連太郎も超えていると言えるだろう。

 

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