トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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土曜は寅さん!(6): 男はつらいよ 純情篇(その1)

寅次郎にはまわりくどい言い回しが通用しない。言葉を言葉通りに受け取る人である。

今ならちょっとお医者さんに診てもらいましょうということになるのかもしれないが、「男はつらいよ」の世界ではとらやのおいちゃん(森川信)の口癖「バカだねあいつは」で済まされる。

 

今更な説明だが、「男はつらいよ」シリーズで寅次郎が恋する相手は「マドンナ」と称され、マドンナを誰が演じるかが毎度話題作りに一役買っていた。第6作「男はつらいよ 純情篇」(山田洋次監督・1971年松竹)のマドンナ、とらやに住み込みで店を手伝う人妻・夕子は若尾文子が演じた。この年倒産してしまうが、大映の看板女優である。

 

さくらの夫・博の独立を巡るタコ社長と寅次郎のすったもんだのケンカの後、仲直りする様を見てふと夕子はふと涙を流しながら、胸の内をさくらに語る。

あたしね、あたしが今まで暮らしてきた周りには、あんなことを、自分の気持ちを隠さないで、笑ったり怒ったり泣いたりなんたりするなんて、そんなこと一度もなかったわ。あたしたちの生活なんてのは、ウソだらけなのね。そう考えたてら、あたし何だか、急に涙が出てきちゃって。

 夕子の夫は売れない小説家だが、生活が上手くいかないために夫婦仲が悪くなり、夫の元を飛び出していたのだ。そんな夕子に例によって一目惚れする寅次郎だったが、ある日、夕子は寅次郎を江戸川河川敷への散歩に誘う。

ねえ寅さん、どうしてもあたし、お話ししておきたいことがあるのよ。あたし、困ってるの。

ある人がねーーいえ、仮にそういう人がいたと思ってちょうだい。その人がね、あたしにとても好意を寄せて下さるの。その人はとてもいい人なんで、あたし嬉しいんだけど、でもね、あたしどうしてもその気持ちをお受けするわけには・・・わかって下さる?

 寅次郎は「わかります、諦めなとスパッと言ってやればいいんだ、そのバカに。よし、俺が行って話してやりましょう」と答えるが実はわかっていない。寅次郎の恋心を察した夕子は、遠回しな言い方で寅次郎を傷つけないように袖にしているつもりなのだが、当の寅次郎は「ある人」が自分のことだとは露ほども思っていない。それどころかタコ社長あたりが横恋慕していると思い込んでいるのだ。まあ、そこらへんが喜劇である。

 

だが考えてみれば若尾文子は、彼女が長く所属した大映のスクリーンの中では、自分の気持ちを隠したり、遠回しな言い方で相手に察してもらうといった、奥ゆかしさの美学とは対極のタイプの女性を演じることで印象づけられてきた女優であるように思う。

60年代、監督・増村保造とのコンビで生み出された傑作群で、若尾は何よりも自分の愛を生き方の最上位に置き、なりふりまかまわぬほど自分の心に忠実に行動する、美貌の下に逞しい心を持つ女をよく演じた。「清作の妻」(1965年大映)では心底愛する夫を徴兵に取られたくないあまりに、その両目を潰してしまうというショッキングな役さえこなしている。

さすがにそこまでやられると松竹映画らしくなくなるが・・・。それはわかっているが、若尾文子が「わかって下さる?」と遠回しな言葉を使うのは少々意外な感はある。それでも絵になるのはさすがだ。(続く)