トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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愛の讃歌

来年1月22日まで東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)で山田洋次監督の特集上映が開催されており、「男はつらいよ」シリーズのうち20作を含む54作品がラインナップされている。浅草名画座*1なき今となっては寅さんをスクリーンで見る貴重な機会になっている。(BSジャパンの「土曜は寅さん!」でシリーズの順番に見ていくのも良いけど)

 

「愛の讃歌」(山田洋次監督・1967年松竹)はNFCで見た一本。タイトルはシャンソンの名曲とは何の関係もない。

 

舞台は山口県上関、瀬戸内海にうかぶ小さな島。
ヒロイン・春子(倍賞千恵子)は島の港の小さな食堂を手伝いながら幼い妹たちを養っている。店主で春子の叔父・千造(伴淳三郎)は飲んだくれの頑固者で、男手ひとつで息子・竜太(中山仁)を育ててきた。だが千造と反発してばかりの竜太は島での暮らしを嫌い、島を棄ててブラジルに移住*2する夢を持っていた。

春子と竜太は互いに愛し合っていたが、竜太の夢を叶えるために春子は竜太と結婚して島で暮らすことを諦め、千造の目を盗んで竜太を送り出す。

 

何十日もたって、竜太からやっと最初の手紙がとどく。親の目を盗んで出て行った息子の手紙など焼き捨てろと千造は怒るが、いちど読み聞かせてみろと春子に言いつける。赤道超えの時、船上で盆踊りを踊ったこと。サンパウロの日系二世の工場で働くこと。同室のイタリア人と仲良くなったこと。サンパウロと島はちょうど地球の裏側にあること。

春子が竜太の手紙を一文読みあげるたびに、なにが盆踊りだとか、ブラジルにいるのにブラジル語じゃなくてなんでポルトガル語なんだとか、地球の裏側ってことはあいつは親に足を向けて立っているのかとか、なんともずれたツッコミを千造はいれる。本当は息子からの便りが嬉しい、それが素直に言えないので強がっているだけなのだ。伴淳三郎という喜劇俳優は酩酊しているかのようなとぼけ方に面白みがある人だが、そのとぼけ方がこの場面では実に良い。

 

千造は春子に、竜太の手紙への返事を口述筆記するよう頼むが、千造のひねり出す文章が酷いので春子は手紙らしい文章に直してやる。だがそうやって文案を言葉にしてゆくうちに、次第に春子は、手紙の文体で遠く離れた恋人への溢れる想いを語り始め、ついに感情を抑えきれず号泣してしまう。


だがやがて、竜太からの手紙はとだえてしまう。同じ頃、春子は妊娠が発覚する。竜太の子だった。島唯一の診療所の医師で、やもめ暮らしの長い立花先生(有島一郎)が春子を引き取り、生まれた子を養子にする・・・

ここまではまだ物語の前半だが、春子が手紙の返事を書くシーンが涙を禁じ得ない。息子に棄てられた父、恋人の夢のために棄てられることを自ら選んだ女。それが選択の結果だからと自分に言い聞かせても、寂しさを紛らわせることにはならないのだ。

この作品はジャンルとしては人情喜劇ということになっていて、実際キャストの多くは喜劇俳優だしコミカルなシーンも確かにあるのだが、こうした締め付けるような哀切感が印象的な一本になっている。

 

あの頃映画 「愛の讃歌」 [DVD]

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*1:浅草の六区映画街にあった、東映の時代劇と任侠路線と「男はつらいよ」を中心にかけていた映画館。2012年10月に閉館

*2:古い日本映画にはブラジルやアルゼンチンに移住するという台詞がしばしば出てくる。明治時代から国策として行われていた日本人海外移住が正式に終了するのは1974年。参考 http://www.gialinks.jp/nanbei.html