トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

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女囚さそり けもの部屋

「女囚さそり けもの部屋」(伊藤俊也監督・1973年東映)は「さそり」の異名をもつ凄腕の殺人犯・松島ナミ(梶芽衣子)の逃亡劇を描くシリーズの3作目。「女囚さそり 第41雑居房」で脱走に成功したナミは警察に追われる身に。猟犬の如くナミを追う隻腕の刑事・権藤(成田三樹夫)との対決を軸にストーリーが展開してゆく。

 

が、この作品の良さはシリーズを通じてナミのただ一人の友となる女ユキ(渡辺やよい)の存在だろう。

 

歓楽街の片隅で、店にも属さずその辺の野っ原(実は墓地という設定)で体を売って生計を立てているユキ。畳もないボロ小屋に暮らし、工場の事故で白痴になった兄の性欲を自らの体で処理してやる彼女の境遇は、翌年の傑作「(秘)色情めす市場」(田中登監督・1974年日活)のヒロイン、トメ(芹明香)の境遇とよく似ている。来る日も来る日も体を売り、酔客に局部を見せて小銭を稼ぎ、シマ(縄張り)を荒らしたと難癖をつけられては売春クラブの女たちに足蹴にされ、ただ一人の肉親である兄の抑制のの効かない性欲を処理してやる。だがユキは、「ウチ逆らいとうなったんや」と主体的に選択して苦界に墜ちるトメほど芯の強い女ではなく、それ以外に生きる術がなかった女として描かれる。

 

ナミとユキの出会いの場面が凄い。いつものように草むらで商売をしていたユキは、ガリッガリッという物音に気づいて起き上がる。そこには逃亡中のナミ。ナミは地下鉄の車内で権藤の手でかけられた手錠をその右腕ごと切り落として逃げのび、墓石の縁で手錠の鎖をガリガリと削り切っていたのだ。そんな異様な姿を見たら普通の人間は逃げるか少なくとも悲鳴をあげるところだが、ユキは何を思ったかナミをかくまうことになる。

 

ナミは売春婦たちを食い物にするヤクザ組織をたった一人で壊滅させるが、権藤の執拗な追跡にあい下水道に身を隠す。マンホールの隙間から、暖を取るためのマッチと食料をナミに差し入れるユキ。だがユキの動きに目をつけた権藤は彼女を恫喝しナミをおびき寄せようとする。

 

「さそりー!」マンホールの上からなんどもなんども呼びかけるユキ。その眼下にナミは姿を現す。だがユキの目は涙を浮かべている。ユキの涙に警察の汚い手口を読み取ったナミはーー驚くべきことだがーーユキに一瞬の微笑みを返す。心配するな、あたしなら大丈夫だとでも言いたげに。そしてこれが、かくまってくれたユキに対する、感謝とさよならの微笑みともなる。ナミを見つけた警察は下水道にガソリンをぶちこみ火を放つが、ナミは炎から辛くも逃げ切る。

 

ナミは極端に寡黙な女という設定になっていて、この一連のシーンでもナミとユキの間に会話はなく、交差する視線にすべてを語らせている。脅されて友を権力に売らざるを得なかった弱い女ユキと、決して屈服することのない強い女ナミ。ナミの目は常に孤独な反逆者の目だ。だがこの場面でだけ彼女が見せる微笑みは、虐げられた女たちにナミが寄せる共感を見事に表現している。

 

「さそり」シリーズの魅力は特異なヒロイン像に見事にはまった女優梶芽衣子の良さにつきるが、最高傑作を選ぶとしたら「けもの部屋」だと思う。

 

女囚さそり けもの部屋 [DVD]

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