菅原文太とイスラム過激派
池袋の新文芸坐で開催中の菅原文太追悼上映では、文太が1974年に吹き込んだアルバム「菅原文太 男の詩 旅立ち 放浪」が休憩時間に流れている。
このアルバムに、文太のカバーによるエト邦枝のヒット曲「カスバの女」が収録されている。ここ数日は池袋で何度も菅原文太版「カスバの女」を聞くともなく聞いている。アルジェリア戦争(1954ー62)を背景に外人部隊の兵士と、酒場の女の短い恋を唄った1955年の懐メロである。
酒場の女は望郷のフランス兵のために「花はマロニエシャンゼリゼ」と歌ってやり、「明日はチュニスかモロッコか」と彼の明日をも知れぬ行く先を思う。儚い恋の歌であると同時に、異国情緒をたっぷりと歌い上げた歌詞である。チュニスと聞いてそれが地球のどこにあるか思いつく日本人は、当時は殆どいなかったのではないだろうか。
事情は今でもそう変わるまい。チュニスがどこにあろうと、我々の生活に大きな影響があるとは思えないし、明日も今日と同じく新文芸坐は文太の歌を流すだろう。1955年と2015年をひとつ大きく隔てるのは、チュニスでの騒乱に日本人の一般庶民も無関係ではいられなくなったことだ。昨日チュニスで発生した乱射事件に巻き込まれた日本人は、地中海ツアーの観光客だったそうだ。
背景にはいうまでもなく地中海沿岸の北アフリカにおけるイスラム過激派の台頭がある。犯行声明は出されていないものの、実行犯はアルカイダ系過激派組織「チュニジアのアンサール・シャリーア」との繋がりがあるとの報道が流れている。
一方、BBCは政府筋の話としてIS(イスラム国)系の過激派の関与を指摘している( BBC News - How big is Tunisian militant threat? )。
NHKが「アルカイダ系組織」としているチュニジアのアンサール・アル・シャリーアは先週、指導者の一人がリビアでのIS拡大活動中に殺害された。今回の襲撃はその報復だと分析している。だとすると、アンサール・アル・シャリーアはアルカイダではなくISのシンパだということになる。この違いは重要だ。根を同じくするとはいえ、アルカイダとISは明確な敵対関係にあるからだ。詳報を待つべきだろう。
いずれにせよ、2011年のアラブの春に先鞭をつけ、民主化が進んだはずのチュニジアでさえイスラム過激派が浸透していることに衝撃を受けた人は多いかも知れない。だが先のBBCニュースによると、3000人を超えるチュニジア民兵がIS(イスラーム国)のジハード戦士としてイラク、シリアに流れ込んでおり外国人兵としては最大規模だそうだ。
「カスバの女」は植民地アルジェリアの独立を押さえ込む宗主国フランスの傭兵の歌だった。それから60年を経て、かつての植民地はジハーディストという名の傭兵を送り出している。対立構図はかつての宗主国ー植民地のように明瞭ではなく、混沌としている。
そこには「カスバの女」の望郷の歌はもはや無邪気でしかない。