トーキョーナガレモノ

日本映画の旧作の感想。でもそのうち余計なことを書き出すだろう。

注意)本・DVDなどへのリンクはAmazonのアフィリンクです。ご了承下さい。過去記事一覧はこちらです。

プログラミング本に人生を影響されたっていいじゃないか

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」

去年の夏はフィルムセンターで毎日のように増村保造のメロドラマを観ていたのに、今年の夏はほとんど映画を観ることができなかった。

きっかけはこの本だった。

JavaScriptプログラミングの本である。

解説書や入門書ではないのでJavaScriptの文法に通じていないと読み通すのは難しいが、jQuery等の知識は必要ない。

この本のテーマは「コードゴルフ」。ゴルフが少ない打数でカップインを目指すように、コードゴルフはいかに少ない文字数で結果を出力するかを競う遊びだ。

実例を見るのが早いだろう。本書の最初の問題「アスキーアートで丸を描こう(1)」から。(スマートフォンで見えやすいように、丸のサイズをオリジナルの半分にしています) 

█ 普通のJavaScriptコード (runをクリックして実行)

コードゴルフJavaScriptコード (runをクリックして実行)

function(){ ... }内の文字数を比べてみると、上は350文字、下は76文字しかない。同じ結果を得るのに、その気になればここまで短く書けるのである。

もちろん短くするために色んなものが犠牲にされている。インデントもスペースもない、変数名が一文字しかない、ifステートメント三項演算子で代用している、forループに変な書き方をしている、これらのために可読性はひどく低下している。特にvarを省略しているので全ての変数がグローバル変数になっているのはミスを招きやすく危険だ。業務でこういうコードを書いたら間違いなく怒られるだろう(自分は仕事でプログラミングをすることがないのでそういう機会はないのだが)。だからコードゴルフは「遊び」と割り切るプログラミングだ。

 

コードゴルフは腕に覚えのあるプログラマーの手なぐさみに過ぎないのだろうか。そうではない。

コードゴルフを上手く行うには、そのプログラミング言語の仕様を熟知していなければなりません。また、問題によっては、同じ処理を別のアルゴリズムで置き換えたり、提示されたデータをアルゴリズムで生成したりして、文字数を削減する必要があります。

コードゴルフは、言語仕様の知識とアルゴリズムに対する造ママ、柔軟な発想が求められる、プログラマ向けのパズルゲームです。(序文より)

 「アルゴリズム」という言葉が3回出てきた。たしかに、JavaScriptのプログラミング経験がある人なら、「;」は省略可能であることも、for文やif文の「{}」も、既述のようにvarも略せることは知っている。ここまでは言語仕様の熟知の範囲でできることだ。

さらにその先の、アルゴリズムの工夫を凝らすところにコードゴルフの面白さがある。Mathオブジェクトを使わずに計算する、定数で置換可能な変数は定数にする、文字列に添字を渡して文字を取得する、二重ループを一重に変換する…これらは人間の頭を使わないとできない、奥深いプログラミングテクニックだ。これらを駆使して短く書くための論理構造を手と頭を駆使して考える。そしてある時「あー、こうすれば短くなるじゃん!」という気づきが訪れる(そうならない時もあるが)。その、アルゴリズムをうまくコードにはめ込んで動かした瞬間の面白さにコードゴルフの真髄がある。実に知的な遊びではないか。

 

JavaScriptに限らずプログラミング本は何冊も読み、読んでは挫折を繰り返した。だがプログラミング本で知的興奮を覚えたのは本書が初めてだった。もっと若い時にこんな本に出会いたかった。

 

JavaScriptはブラウザさえあれば実行可能だし、編集はエディタさえあればいい。今はrepl.itIdeone.comのようなオンラインのコードエディタもある。結果はオンラインコードエディタの「run」をクリックすれば即座に表示される。プログラミング環境を用意する必要はなく、チャレンジする気さえあればいつでも始められ、コーディングに専念できるのがJavaScriptコードゴルフ言語に採用した本書の狙いである。

 

本書は、リクルートのITエンジニア向けスキル評価サービスCodeIQで著者が出題した問題をセレクトし解説を加えて一冊にまとめたもの。「プログラマのためのコードパズル」に感化されてしまった自分は夏じゅう、開いている時間をほぼ全てCodeIQの問題解きに使ってしまった。プログラミングスキルは上がったか?それは聞かないでほしい。

 

カテゴリ「読書」の関連記事

ブログトップに戻る

最前線物語

気狂いピエロ」(Pierrot le Fou, ジャン=リュック・ゴダール監督・1965年フランス)を見たという人も今ではもう少ないだろうと思うので、この作品に本人役で出演したサミュエル・フラーの有名な言葉を引用しておくのは無駄ではないだろう。

映画は戦場のようなものだ…愛、憎しみ、暴力、死。一言で言えばエモーションだ。*1 

ゴダールの支持表明によって、サミュエル・フラーは映画スノッブの間でイコンと化してしまった感があった。手許にある何冊かの映画本のPDF(自炊してテキスト埋め込んだ)、「サミュエル・フラー」と検索すると出てくる膨大な結果には辟易させられるほどだ。蓮實重彦江戸木純藤原帰一までがサミュエル・フラーを賞賛する。だがフラーほど名前だけ知られ、その作品に直に触れる機会がお寒い状況だった監督もそう居ないのではないかと思う。

 

かく言う自分もフラーの作品と言えば「鬼軍曹ザック」(The Steel Helmet, 1951)、「最前線物語」(The Big Red One, 1980)、「ストリート・オブ・ノー・リターン」(Street of No Return, 1989)くらいしか見られていない。それも20年ほど前のことだ。

 

国立東京近代美術館フィルムセンターで開催中のぴあフィルムフェスティバル(PFF)が今回、若い映画作家に作品を見て欲しい特集上映としてサミュエル・フラーを選んだのは賢明なことだと思う。もうそろそろスノビスムは終わりにして、あらためてサミュエル・フラーを見てみようではないか。そういうメッセージが込められている気がした(あくまで気がしただけだが)。聞けばフラーの特集上映は1990年以来だから実に25年ぶりだ。

 

PFFサミュエル・フラー特集上映第1弾「最前線物語」は、合衆国陸軍歩兵として第二次世界大戦北アフリカ〜欧州戦線を転戦したフラーの実体験に基づく物語だという。原題The Big Red Oneはヘルメットにつけられた陸軍第一歩兵師団の赤いマークのことだが、19世紀アメリカの作家スティーブン・クレインの戦争小説「勇者の赤いバッジ」(The Red Badge of Courage)を思わせずにはいられない。上映前の短いトークショーで話されていたことだが、この作品のオリジナルは6時間にも及び、それをフラー自身が編集して4時間半にまで縮めたが、製作元のワーナー・ブラザーズはフラーを閉め出して1時間56分にまで短くしたとのことだ。フラーの不満は想像に難くない。だがそのおかげで、この作品に商業的成功をもたらしたことも認めなければならないだろう。(下記のAmazonのリンクはフラー没後の2004年にリコンストラクション・エディションとして発売されたもので、追加シーンを含めて2時間43分になっている)

 

この作品は、戦争が終わる場面から始まる。1918年、独仏戦線。<戦争は終わった>と近づいてくるドイツ兵を、"軍曹"(リー・マーヴィン)は敵の計略と誤解して刺殺してしまう。だが塹壕に帰ると、彼は第一次世界大戦は本当に8時間前に終わっていたことを知らされる。

殺してはならない者を殺してしまった悔恨を抱えたまま、1942年、新兵たちを連れて"軍曹"は第二次大戦の最前線に立つ。アルジェリアロンメルの戦車隊に追われ、生き残ったのは二等兵グリフ(マーク・ハミル)らわずか4名。"軍曹"の第18小隊は地中海を渡ってシチリアに上陸、そして英国からノルマンディー上陸作戦に参加、ドイツ軍との一進一退を続けながらチェコスロバキアへと向かう。

そして1945年5月。<戦争は終わった>と近づいてくるドイツ兵に"軍曹"はナイフを突き立てる。だが再び、終戦が事実だと知った"軍曹"は踵を返し、今まで虫けらのように殺してきた無名のドイツ兵を、「お前だけはなんとしても助ける」と救助する。

 

この間、さまざまなエピソードが綴られる。"軍曹"がかつて過ちを犯した北フランスの荒野。巨大な十字架が20年前と同じ様ににそびえ立つその場所で、死んだふりをして待ち伏せるドイツ兵たちを蹴散らした小隊の前に、一台のサイドカーが飛び込んでくる。サイドカーには陣痛に苦しむ妊婦。運転手の夫は死んだ。小隊は止むに止まれず敵の放棄した戦車の中でお産を手伝う。ゴム手袋の代わりにコンドームを指につけ、今し方まで敵兵をなぶり殺しにしていた戦車の中で新しい命を見届ける。

 

シチリアでは、丘の上の小屋に隠れた戦車を背後から攻撃する。戦車の周りはシチリアの農婦たちがドイツ兵の監視の下、農作業のふりをさせられている。小隊が戦車を制圧すると、農婦たちは鍬や鋤で監視兵を切り刻む。

 

ベルギーでは内通者の手引きで、ドイツ軍に占拠された修道院を襲撃する。精神病者を保護するその修道院では、狂人たちと軍人たちが向かい合って食事を共にしている。そこで狂女のふりをした内通者(この役を演じるステファーヌ・オードランという女優はクロード・シャブロルの夫人だそうだ)が踊りながら次々とドイツ兵の喉を掻き切ってゆく。

 

チェコスロバキア、ファルケナウ。何の場所なのか知らないままドイツ軍の施設を襲撃した"軍曹"の小隊は、そこで一列に並んだ焼却炉を発見する。グリフがその一つを開ける。グリフは焼却炉の中に、人間の白骨死体が折り重なっているのを発見する。ここは強制収容所だったのだ。グリフは隣の焼却炉を開ける。拳銃を手にしたナチスの男が隠れている。グリフは無表情に突撃銃の引き金を引く。バン、バン、バン…と十数発の銃声が収容所に響き渡る。

いっぽう、"軍曹"は生き残った一人の幼い少年を発見する。ユダヤ人か、ポーランド人か。衰弱しきった少年に言葉は通じない。ミルクを飲ませ、パンを食べさせて少し元気が出た少年を、"軍曹"は肩車に乗せて散歩する。無邪気に"軍曹"の肩にのる少年。だが間もなく、少年はガクンと頭を下げる。命が尽きた少年を乗せたまま、軍曹は30分構内を歩き回った…とグリフのナレーションが語る。

 

敵に対して無感覚に引き金を引ける生命観の摩耗と、敵でないものに対する溢れるヒューマニズムが一人の人間の中に混在する。その矛盾を引き受けなければ前線では生き残れない、とこの作品は言っているように思える。

 

アルジェリアでの最初の戦闘におそれをなしたグリフは、自分にはmurderはできないと呟く。"軍曹"はmurderではない、killだと言う。若いグリフにmurderのkillの区別はつかない。だがためらいは恐れを生み、恐れを抱けば戦場では生き残れない。グリフはD-デイのオマハビーチで身をもってそれを知ることになる。前からはトーチカの銃弾の雨、後ろからは前進せよという"軍曹"の威嚇の一発。「最前線物語」のマーク・ハミルにフォースの導きなどない。目の前の過酷な現実があるだけだ。グリフは歯を食いしばって進むことを選ぶ。

 

映画に始まりと終わりがあるように、戦争にも始まりと終わりがある。終わったその瞬間から、敵は敵でなくなり、殺すべき命は救うべき命になり、killはmurderになる。"軍曹"は先の大戦でそのことを知っていた。だが終わりがいつ訪れるのかは、前線の兵士にとっては神の振る舞いのように不可知だ。世界が一変する終戦の時まで、そしてその時に生き延びていられるまで、兵士は葛藤を抱えてkillを続けなければならない。

 

「映画は戦場のようなものだ」というフラーの言葉は、いままで数ある比喩の一つだと思っていたが、「最前線物語」をあらためて見直してみて、これはもっと重い意味を持っているのだろうと、と今は考えている。

youtu.be

PFFで上映の前説の度に宣伝されているので、ここでひとつ触れておこう。2002年に発刊されたサミュエル・フラーの自伝の邦訳が今年の12月に発売されるそうだ。出版社に購入予約すると割引価格(6000円→4500円)になるとのことなので、興味あるかたはどうぞ。

www.boid-s.com

カテゴリ「戦争」の関連記事
最前線物語 ザ・リコンストラクション スペシャル・エディション [DVD]

最前線物語 ザ・リコンストラクション スペシャル・エディション [DVD]

 

ブログトップに戻る

追悼・打本親分

加藤武が亡くなった。古い邦画のファンには残念なことだ。

俳優の加藤武さん死去 「犬神家の一族」で警察官役:朝日新聞デジタル

ああ惜しい。昭和の邦画を代表する名脇役。「月曜日のユカ」の加賀まりこパトロン、「仁義なき戦い・代理戦争」のヘタレ親分(金子信雄にコケにされるシーンは絶品)…ご冥福を祈ります

2015/08/01 19:06

 NHK大河ドラマ軍師官兵衛」にも出演して驚くほどの健在ぶりを発揮していたが、やはり寿命は来るものである。

 

高倉健菅原文太といった主役俳優の訃報であれば、自分がわざわざ書かなくとも大勢の声が書いたりまとめたりしてくれるだろう。だが加藤武については、やはり何か書いておきたい気がした。作品は主役だけで成り立つものではない。加藤のような達者な脇役があって生きてくる。

 

ましてや、「仁義なき戦い」シリーズの第三・四部「代理戦争」「頂上作戦」で加藤が演じた打本組組長・打本昇はシリーズの本質を貫く、ヤクザの集団抗争を喜劇としての群像劇に再構成する上でクリティカルな存在である。

 

仁義なき戦い」の構成を練った脚本家、笠原和夫は自身の思う「実録やくざ映画」の喜劇性について色々な箇所で言及している。

 〈実録もの〉というとノンフイクションかと思われがちだが、わたしは当初から〈化粧直しの虚構〉と割りきっていた。リアリズムという点では、東映の場合、東京撮影所が古くから今井正家城巳代治、小林恒夫などの監督陣の力作を生んで、確固とした伝統を築いていた。深作欣二監督もその中で育った人である。しかし〈実録もの〉はリアリズム映画ではない。写実に徹することがリアリズムの基本姿勢だが、〈実録もの〉はデフォルメ(変形)に力点をおき、素材の〈毒性〉を意図的に誇張することで、現実の隠れたかおを摘出しよう、というのが私の考えだった。従って作品の形態は喜劇(コメディ)になる。

 早い話が、〈任侠映画〉で描き尽くしてきた「男の中の男」から「男の中の男でない男」を描くことが許されてきたわけで、わたしにとっては自分に作品を書ける機会に恵まれたのである。

——「破滅の美学 やくざ映画への鎮魂歌(レクイエム)」(ちくま文庫・2004)

 さあこの難物[註:広島やくざ抗争]をどうホンにしようか、悩んでいると、会社からまたトンデモナイことを言ってきた。第三部で広島事件をやってシリーズも終わりかと思っていたら、広島事件を第三 部、第四部と二つに分けて書いてくれ、というお達しである。

 二つに分ける以上、第三部を抗争に至る内紛劇、第四部を抗争の顛末に宛てざるをえない が、この内紛というのがとても絵になるシロモノではない。

 アクション一つなく、盃外交、裏切り、思惑、疑惑、ねたみ、恐怖、欲望、腹芸、離合集散、これらを日夜えんえんと繰り返すやくざたちの生態をどう書けばいいのか。格好いいところはどこにもなく、むしろ、何とも浮世離れしたズッコケ話のオンパレードである。

 なるほど飯千晃一氏や美能さん[註:「仁義なき戦い」の原案となる手記を執筆した元暴力団組長・美能幸三]の文章で読むと面白いのだが、映像でどう表現すればいい か判らず、よしんば映像にできても爽快なアクションを期待しているお客さんの期待に沿うものはできそうになかった。

(中略)

 あれこれ悩んだ末、ズッコケ野郎たちのズッコケ話を随所で流すことで、ブラック・ユー モアも出せるだろうし、ある種の混沌が示せれば、おれなりの「人間喜劇」を見せることが できるだろう、と腹を括った。どうせ真相は藪の中なのだから、いちいちストーリーを作り、 起承転結があって、誰はこうなりました、彼はこうなりました、というのは止めにした。

——「映画はやくざなり」(新潮社・2003)

 

 そうした笠原の狙いが最大限に発揮されるのは、上のブックマークコメントで言及した「代理戦争」における、金子信雄にコケにされるシーンだということに、異論を唱える人はまずいないだろう。

 

広島市最大の組織村岡組の跡目相続を狙う打本昇は、親しかった広能(菅原文太)を通じて神戸の大暴力団明石組幹部・相原(遠藤辰雄)と秘かに兄弟盃を交わし、神戸の力をバックにつける。がこれが却って村岡組長の不興を買い、意に反して跡目は呉市の山守組組長・山守義男(金子信雄)に渡ってしまう。跡目襲名披露の場に招かれた相原の面前で、慢心高まった山守は徹底的に打本をコキ下ろす。

「この打本いうたら、偉うない偉うないいうて、こんなバカはおらんのです」

兄弟分の前で赤っ恥をかかされ打本は悔し涙を流すが、山守に「お前どうしたの、泣いとるの? 泣かんの、泣かんのよ」と追い打ちをかけられる。

山守らが去った後、広能は打本をなだめるが、逆に「おどれみたいな腹黒いやつと酒が飲めるか!」と逆ギレする。だがそれは自業自得というべきもので、実は打本も相原との兄弟盃で飽き足らず、相原に内緒で明石組組長と直盃を交わそうと工作したのが相原を通じて広能にバレ、それが村岡組跡目問題で頭を悩ます幹部たちの耳に入ったからだった。腹黒いのはどっちだよというわけである。

 

「蘇る!仁義なき戦い 公開40周年の真実」(徳間書店、現在は合本「菅原文太 仁義なき戦い COMPLETE」に収録されているらしい)というムック本に2011年4月に収録した加藤武=打本昇のインタビューが掲載されているが、加藤はこのシーンをこのように振り返っている。

まあ金子さんの憎たらしい演技がうまいんだ。で、俺がヒイヒイ泣くんだが、言ってみれば金子さんの山守が大悪党、俺のが小悪党なんだよ。卑怯未練なだらしない様が、どこかコミカルで妙な現実感がある。この役は、今まで演じた中で最も気に入っているよ。

 打本は広能組と組み、村岡組を吸収した山守組と睨み合いになる。双方に神戸の大組織がバックにつき、西日本の覇権を巡る代理戦争の様を呈してくるが、一方の大将であるはずの打本は腰が引けて動こうとしない。一方、山守組は防御を固めるのに集めた客人の経費ばかりが消えてゆく。台所事情は打本も同じ。

しびれを切らした打本の若者が飛び出してゆくと、慌てた打本は敵の大将・山守組幹部・武田(小林旭)に電話をかけ、「今ウチの若いもんが飛んでいったけえ止めちゃってくれ」と頼む。おまけに「うまいこと止められたらちいと金貸してくれんかの」と頼む始末(!)。

 

東映のコワモテ俳優が勢揃いし、爆発すれば凄惨な事態になるはずの広島抗争が結果として勝者なき決着へと流れていったのは、深作欣二に呼ばれて参加した、東映カラーの薄い俳優演じる大将の小物・弱腰のゆえであり、まさにそのデフォルメされたグダグダ感の体現者として打本はこのシリーズ後半の最重要人物と言える。そして忘れてならないのは、大将が動けずにいる間、若い者から先に報われない血を流してゆくことである。そこを強調するためにも、打本は必然的に無能な親分として描かれなければならなかった。

 

そんな打本という戯画を描き抜いた加藤武にとって、代表作は「仁義なき戦い 代理戦争」なのではないかと思う。「金田一シリーズ」の警察署長役も面白いけど。

追悼関連記事

 

菅原文太 仁義なき戦い COMPLETE (Town Mook)

菅原文太 仁義なき戦い COMPLETE (Town Mook)

 
仁義なき戦い 代理戦争

仁義なき戦い 代理戦争

 

ブログトップに戻る

 

誇り高き挑戦

昔のことを蒸し返す奴はけむたがれるのが普通だ。

しかし深作欣二のいくつかの作品では、昔のことは忘れたという奴が悪役に回る。「仁義なき戦い」(1973)の終盤、広能昌三(菅原文太)が狡猾な親分山守義男(金子信雄)に絶縁を言い渡す場面。広能は山守の腰巾着・槇原(田中邦衛)から殺しの標的・坂井(松方弘樹)の隠れ場所を手渡される。その走り書きに、広能はふと七年前の出来事を思い出す。

「おい、若杉の兄貴の隠れ家地図に書き込んで、サツにチンコロしたのはおどれらか!」
「そがな昔のこと、誰が知るかい」

「仁義なき〜」はシナリオの科白を一字一句変更しないで撮るという条件で笠原和夫が深作の監督を了承したという経緯があり、これだけをもって深作の思想の反映とは言い切れないが、「狼と豚と人間」(1964)では、暴力団幹部に出世しナイトクラブの経営者についた長兄(三國連太郎)は、母の死を知らせるため訪ねてきた、スラム街の生家に今も住み続ける末弟(北大路欣也)をはした金で追い払う。長兄にとって末弟はとっくに捨てた過去でしかない。末弟と次兄(高倉健)は長兄の組織に戦いを挑み、バラック小屋に立てこもって銃撃戦がはじまると、「帰ってこいよ!一緒にやろうぜ、昔みたいによお!」と次兄が何度も呼びかけても長兄はただ立ちすくんでいることしかできない。そして弟たちは襤褸きれのように殺され、長兄は途方に暮れて歩み去る。兄弟の虐殺を遠巻きに見ていたスラムの住民達は、長兄の背中に向けて次々と石つぶてを投げる。

 

昔のことを忘れた奴を悪の側に配置すると、過去を蒸し返す役目は主人公に立てざるを得なくなるが、それは別に正義漢や善人である必要はない。菅原文太は上記の場面の後で彼を欺いた松方弘樹とケジメをつけるために銃を手にするのであり、北大路欣也は自分だけをスラムに残した兄たちを恨み続け、カネを手にして這い上がろうとしていた。昔のことをほじくり返すというのは、だから、お前は俺と同じくらい汚れた手をしている、それを直視しろというメッセージを投げかけているだけなのである。

 

*

 

「誇り高き挑戦」(深作欣二監督・1962年ニュー東映)は過去から逃れられない新聞記者・黒木(鶴田浩二)と現在にのみ生き続ける闇商人・高山(丹波哲郎)の対決を描く物語である。

 

業界紙「鉄鋼新報」の記者黒木は、三原産業が発注元不明のマシンガン製造に携わっていることを嗅ぎつけ、張り込み取材をしているうちにある男を目撃する。それが高山であった。

黒木は高山の顔をこの十年間忘れたことはなかった。戦時中は日本軍の特務機関員、戦後はGHQの諜報機関に乗り換えた、餌をもらえるならどこにでも尻尾を振る野良犬。全国紙の社会部記者だった米軍占領期、ある女の殺人事件を追う黒木を捕らえリンチにかけた男だった。黒木は全国紙を辞め、目元の傷跡を隠すため常にサングラスをかけるようになった。

 

黒木と部下の畑野(梅宮辰夫)の追跡取材で、三原産業のマシンガンは文化行事を隠れ蓑に革命から日本に逃れてきていた東南アジア某国のスルタンら王党派が、反革命闘争の武器として調達を画策しており、その手引きをしているのが高山であることを黒木は突き止める。黒木の動きを察知した高山は自ら彼に接触する。

「用件を聞こうか」

「俺を忘れたか」

「失礼だが覚えていない。どこかでお会いしたようだな」

「占領中のことだ。山口夏子という女が基地の中で殺された。犯人はまだ挙がっていない。思い出したか」

「君はあの事件の…なかなか立派な新聞記者だったな。しかし今さらパンスケが殺された事件なんかほじくってどうするんだ」

「ふざけるな! 夏子はパンスケなんかじゃなかった。あの事件は、単純な痴情殺人として片付けられた。しかし、俺が彼女の足取りを辿っていくと、軍の諜報部に行き当たった。そこで彼女は消えた。つまりお前達に殺されたんだ。取材中の俺を脅迫して、新聞社から追放したのも、真実の曝露を恐れたからだ」

「君はそんなことを確かめるために私に会いたかったのか」

「お前には忘れることができても、俺には忘れられんことだからな」

「なるほど、では教えてやろうか。全部君が調べたとおりだったよ。夏子は日ソ協会に勤めていた。そこの情報を探らせようとしたんだが言うことを聞かん。バカな女だった」

「バカ? 貴様のような、根性の腐った日本人じゃなかったんだろう」

「戦後の日本人には根性なんてものはないよ。ないものは腐るわけあるまい。死んでまで頑張ることはなかったんだ」

「聞いたようなことを言うな! 殺しの片棒担ぎやがって」

「手っ取り早く用件を片付けようじゃないか。一体いくら欲しいんだ。ただし余りいい値段じゃ買えないな。慰謝料くらいならくれてやってもいいが」

「俺が金のためにだけお前を追っかけ回してると思っているのか」

「ゆすり専門のごろつき記者を前にして他のことが考えられるかね。それとも時代遅れの正義屋に逆戻りするつもりか」

「それもいいと思ってるんだ、場合によってはな」

「かったるい言い方はよせ! 俺は忙しいんだ。何が欲しいんだ一体」

「それを俺も考えていたんだが今わかったよ。俺が欲しいのは金じゃなくてお前の泣きっ面だ。お前の利口ぶった顔つきは十年前と同じだ。その面をひんむいてやる。普通の日本人並みになるようにな」

 

黒木は十年前の殺人事件の真相を記事に書き、かつての勤務先の新聞社に持ち込むが、諜報部の存在を露骨に曝露するものは載せられないと断られる。かつて黒木の上司だった社会部長(小沢栄太郎)が「俺たちなりに真実は伝えようとしているんだ。だがその真実という奴が難物なんだな。だが気長に少しずつ変えていく、ステップ・バイ・ステップ。それが俺たちがこの世の中でできる唯一の抵抗だ」とたしなめた時、黒木の怒りは爆発する。 

「もう結構ですよ…同じだ、全く同じだ。あの頃、あんたはそこのデスクに座ってた。そして口癖のように俺に言い聞かせた。『ものごとは辛抱が肝心だ。占領が終わったら、その時こそ何でも言える、何でも書ける。気長に少しずつ変えてゆこう』ステップ・バイ・ステップか…ふざけるな! 占領が終わってあんたたちはどう変わった! 何にも変わっちゃいねえ! イスが一つ、でかく立派になっただけだ! このことははっきりさせとこう。あんた達の力じゃ世の中びくともしねえんだ! あんた達は何も変えることはできないんだ!」

 

高山の行方を追う黒木は、尾行してきた男を通じて革命政府の情報部と接触し、武器密輸阻止のため情報交換を申し出る。「同じアジア人として手を結べないか」という黒木の言葉を、情報部員(山本麟一)は冷たく突き放す。

「太平洋戦争の時も、日本人はそう言った。しかし私達を結んでいた手は、いつの間にか鉄の鎖に変わってしまった。朝鮮戦争で日本経済は立ち直った。そしてまたよその国の戦争で儲けようとしている。アジアの歴史は、日本人を信用するなと教えている」

 

黒木の唯一の協力者であった三原産業の事務員で黒木の昔馴染みの弘美(中原ひとみ)が行方不明になり、彼女をさがすうちに辿り着いたとある精神病院に黒木も捕らえられ、鉄格子付きの病室に幽閉される。そこが高山のアジトだったのだ。武器は翌朝、港で荷揚げされる。黒木は高山に寝取られたスルタン夫人マリン(楠侑子)の協力で病室から脱出に成功するが、弘美は拷問で廃人になっており、荷物の武器は港に向かいつつあった。黒木は車を港に飛ばすが、すでにマシンガンを載せた船は出港した後だった。

 

その夜、高山は黒木を再び呼び出す。ナイトクラブの喧噪の中で二人の日本人が対峙する。

「俺に何の用だ」

「お前の方で俺を捜していたんじゃないのか。俺の泣きっ面を見たいと言っていたな。だがあいにく俺は笑いが止まらなくて困ってるところだ。仕事は上手くいく金は入る、美人にはもてる。だが人間、得意な時ほど落ち目の奴が可愛くなるものだ。一杯いこう」

「いい気になるなよ」

「相変わらず鼻っ柱の強い奴だ。君はあの事件以来俺や諜報部を目の敵にしているようだが、それはちょっとお門違いじゃないかな。毎朝新聞が君をあっさりクビにしたんで驚いたのはこっちの方だ。君をダメにしたのはどうやら、周りにいた日本人自身じゃないかと思うんだが。
だが俺は毎朝新聞を咎めようとは思わん。日本人全体としてはそうするしか生きる途はなかったんだから。妥協できるところは妥協して…ほうら見ろ、結構な復興ぶりだ。こうしてみると植民地もまた好しだ。ようは多いに儲ければいいんだから。餌あるところに飛び込む一匹狼。孤独で、厳しくてロマンティックで。そうは思わんか」

「言いたい屁理屈はそれだけか」

黒木は今度こそ高山とGHQの工作を記事に書くまくってやる、そうすれば日本も少しは変わるだろうと挑戦状を叩きつける。その最中、高山に呼び出されて現れたのは革命政府の情報部員たち。驚く黒木の前で、高山は「お前たちが知りたがっている反革命軍の武器の荷下ろし場所の情報を買わないか」と持ちかける。怒りに席を立とうとする黒木を、高山は引き留める。

「幕の途中で帰るつもりか」

「お前の一人芝居も先が見えたよ。そのうち、自分も裏切られて殺されるんだ」

「誰も信じちゃいない俺が誰に裏切られる」

「お前の中のお前にだ。せいぜい今のうちに楽しんでおけ」

 

黒木は宣言通り、鉄鋼新報に「日本を覆う黒い霧」の記事を書きつける。鉄鋼新報に送りつけられた大量の脅迫に、編集長も畑野さえも黒木のもとを去る。それでも黒木は一人で書き続けると意地を張る。黒木の記事に動揺したのは高山でも日本社会でもなく、高山を利用し続けてきたアメリカの諜報機関だった。彼らは決断する。騒ぎが大きくなる前に、高山とはサヨナラだと。

 

追い詰められた高山は、三度黒木を呼び出すため電話をかける。高山のアジトの精神病院と繋がっている組織の正体を教えるという。だが待ち合わせの埋立地に黒木が駆けつけたとき、高山はすでに死体になって転がっていた。

 

高山殺しは「暴力団の内部抗争」として新聞に載った。十年前と何も変わらない、真実を見ようとしない世の中に苛立ちを覚える黒木。その黒木を、十年前の事件の被害者の妹、いまは大学生になった妙子(大空真弓)は叱咤する。

「あなたには何も変わってないように見えるけど、それはそのサングラスのせいなのよ。よく見ないとわからないところで、少しずつ変わってるんだわ。
第一、黒木さんの目の前のものが変わったわ。あたし、黒木さんが好きよ。サングラスなしの黒木さんが。そんなことかと言わないでね。人間が変わったら、世の中だって変わるわ」

 サングラスを外した黒木には、国会議事堂の後ろで輝くまばゆい太陽が見えた。

 

*

 

「誇り高き挑戦」は、高山の自滅によって黒木が苦い勝利を納め、彼の数少ない理解者である妙子の力でわずかな希望を取り戻すという物語になっている。

だがこの作品で強調されているのは、むしろ「ない根性が腐るわけはない」「植民地もまた好しだ」といってはばからない闇商人高山と、彼の言葉を通して皮肉られる日本の戦後社会そのものだと思える。この作品には敗戦の年に15歳だった深作欣二の、戦後史へのシニカルな視線がダイレクトに反映されているような気がしてならない。都合の悪いことに目をつむり、見ない振りをしているうちに本当に忘れてしまった数々の悲劇の上に、我々は繁栄のあぐらをかいているのではないか?と。

 

その「忘却する日本人」のカリカチュアとして描かれる高山を演じられるのは、丹波哲郎をおいてほかになかっただろう。巧みな英語でアメリカとも東南アジアとも王党派とも革命派とも渡り合い、自然体でも策士のたたずまいを漂わせる俳優は彼をおいてない。知的でずる賢く、独自の哲学をもつ悪役でありながら、まぎれもない我々の同類である高山を体現した点において、丹波哲郎は「仁義なき〜」の金子信雄も「狼と〜」の三國連太郎も超えていると言えるだろう。

 

深作欣二の関連記事
誇り高き挑戦 [DVD]

誇り高き挑戦 [DVD]

 

ブログトップに戻る

内戦終結後のカンボジアでクソガキとサムライスピリッツをプレイした話

今週のお題「ゲーム大好き」

クーロン黒沢は「電脳アジアコピー天国」(秀和システム1993年・絶版)でアジア各国のゲーム事情を面白おかしく紹介している。90年代前半のアジアのゲーム市場はアーケード用・家庭用ともに日本製品のコピーでほぼ席巻されていたと言っていいだろう。同書からマレーシアのゲーム事情を抜粋してみよう(強調は著者による)。

東南アジアのゲーセンはどこもゲーム代が格安なので、ゲーマー旅行者にとっては嬉しい限りだ。そして、マレーシアは中でもウルトラ最強の存在である。 何と1プレイの料金が8円(20マレーシア¢)から!という恐いもの知らずな強力プライスだ

例え8円でも、別にそこらの駄菓子屋みたいに10 年も前のクソゲーを並べているわけじゃなく、ほとんどが日本のゲーセンでも通用する基盤を使っている。

ペナン島ジョージタウンにそびえ建つ64階の 巨大ビル、コムター内の巨大なショッピングセンターには、ちょっと雰囲気の暗いゲーセンの集結している地帯があって、毎日、 朝から夜中まで、常に目を血走らせた娯楽のない若者達が入り浸っている。

ここらのゲーセンには体感ゲームこそないが、その代わリエロマージャンなど が充実していたりして、日本でいうと郊外のちょっとさびれたゲーセンの雰囲気 に近い。安い代わりにメンテナンスは最悪だが、やはり1プレイ8円は凄すぎる。 当り前だけど100回やっても800円なのだから凄い

それからマレーシアではスト2に限らず、対戦できるゲームに乱入するのは常識となっているので、いきなり変な奴が乱入して来ても怒らないように。 それに「スト2」をよく観察していると、マレー人とかインド人など色の黒い少年達は、やっばリダルシムを好んでよく選ぶようである。

目を血走らせた娯楽のない若者とかダルシムを好んで選ぶとか(これがクーロン黒沢の文体なんだけど)、よけいなお世話だろと思わずにはいられないが、自身も93年から94、5年くらいまで、仕事で東南アジアに出張することが多くて、休日になるとシンガポールのゲーセンに出入りしていたので光景はなんとなく思い浮かぶ。

 

向こうのゲーセンは100円硬貨ではなくて店頭でトークンと呼ばれる専用のコインを買って投入するのが普通だった。シンガポールは物価が高いので、マレーシアのように激安という感覚はなかったが、それでもバーチャファイター2のような日本でも最新のゲームがプレイできるのはさすがに東南アジアの先進国だという感じがした。

 

さて、「サムライスピリッツ」というゲームがある。ストリートファイターIIで火がついた格闘ゲームブームに乗ったSNKが、「餓狼伝説2」に次いで93年に発売した作品で、18世紀頃の日本を舞台に日本のサムライと世界各地の剣士が真剣勝負するというチャンバラ格ゲー。輸出用の英語タイトルは「Samurai Shodown」(今気が付いたのだがShowdownではない)。

 

このゲームに魅せられたのはゲーム性が高いとか、柳生十兵衛服部半蔵天草四郎時貞(といっても「魔界転生」のだが)という実在の人物が時代背景を無視して登場すると言ったことよりも、音楽とSEが時代劇のようでもあり時代劇ではあり得ない、和洋折衷の不思議な音響イメージを奏でていたからだと思う。それは特に、キャラクター選択画面のBGM(動画では2曲目)に用いられる、尺八と太鼓を巧みに使いながら主旋律は西洋弦楽器が導いている曲に現れている。

youtu.be

SEの面では、斬ったときの「ブシュッ!」も「ありそうで実はない肉を斬る音」として70年代頃から使われてきた音を使う一方、大技を決めるために相手に急接近する時に歌舞伎の「ツケ」を使うのも新鮮だった。

 

ある時、カンボジアプノンペンに出張することがあった。90年代前半のカンボジアは、ポル・ポトの暴政とベトナムとの戦争、ポル・ポト政権崩壊後の内戦で完全に疲弊しており、フン・セン首相のもとで立ち直る一歩を踏み出したばかり。国連平和維持部隊がようやく撤収を始めた頃だった。東南アジアのよさは国が貧しくても食べ物は豊富なことだと思うが、逆に言えばそれ以外は大変だ。停電は毎日、エアコンは止まる、蒸し風呂のように暑い。シャワーは水しか出ない。水道水は絶対に飲むなと現地駐在員に注意された。夜中に銃声を聞いたこともある。片足を失った物乞いは珍しくなかった。

 

日曜日のことだった。いま思えば、そんな経済状態の国でゲーセンを見つけたのは不思議と言えば不思議だ。おそらく商魂たくましい華僑が経営していたのではないかと思うが、店内は日本で見慣れたゲームで溢れていた。ここでのトークンは香港のコインが使われていた。おそらく香港で使われた中古の筐体を持ち込んだのだろう。そうそう思い出した。たしかこの店は筐体の前に座るとなぜかおしぼりを出してくれた。

 

店は繁盛していた。一台だけ、「Samurai Shodown」の筐体を見つけた。サムライはもちろん、日本がどこにあるかこの子達は知っているんだろうかと今思えば傲岸不遜なことを考えつつ、対CPUモードで柳生十兵衛を選択した。十兵衛はボタン連打で必殺技が出せるし、KOを決めた後のオーバーなポーズが好きでよくチョイスしていた。

ところが1人目を片付ける前に早くも、隣に座った10歳くらいの上半身裸のガキンチョから「挑戦者あり」の表示が。向こうは何を選んでいたか、今となっては思い出せない。アースクエイクだったかも知れない。とにかく、サムライの国から来たサラリーマンは現地のガキに一勝も取れず店を退散した。ゲームは世界の共通語だよなと、悔しい自分を誤魔化すようなことを考えようとしながら。

 

その後そのゲーセンには足を運べなかった。

 

NEOGEOオンラインコレクション THE BEST サムライスピリッツ六番勝負

NEOGEOオンラインコレクション THE BEST サムライスピリッツ六番勝負

 
裏アジア紀行 (幻冬舎アウトロー文庫)

裏アジア紀行 (幻冬舎アウトロー文庫)

 

ブログトップに戻る

人斬り与太 狂犬三兄弟

ラーメンにのせるチャーシューは一、二枚の方がいい。

そのほうが丼の小さな世界におけるチャーシューの希少価値を高めるし、どのタイミングで食べるかっていう作戦を立てるのも、じっくり味わうのも楽しい。一杯のラーメンにおけるチャーシューの存在意義は、ショートケーキにおけるイチゴのそれに等しい。

共にラーメンを食べる家族、恋人、友人に自分のチャーシューという貴重品をあげるという行為は、だから、自分には経験はないけれど、それはある意味で親密性の儀式なのではないかと思う。俺はお前の敵ではない。お前と俺は身内だ。その証しに俺のチャーシューをお前に授ける。

 

*

 

「人斬り与太 狂犬三兄弟」(深作欣二監督・1972年東映)はこんな映画である。

「ムショから出てくりゃ金バッジの大幹部」になれると期待して、村井組組員・権藤(菅原文太)は弟分の大野(田中邦衛)とともに敵対する新生会*1を襲撃し、組長を刺殺、ひとり警察に自首する。だが六年後、出所した権藤を迎えたのは大野一人。シマに戻れば、新生会の奴らがうろついている。村井組長(内田朝雄)に聞けば、村井組と新生会は手打ちをしたという。世間の眼も厳しくなり、もう派手な出入りはできず、互いの縄張りに手は出さないという了解ができていたのだ。組のために六年も臭いメシを食ったのは何だったのか。釈然としない権藤。

 

鬱憤晴らしにシマの商店からカスリを脅しあげてバクチに注ぎ込み、若頭の五十嵐(室田日出男)に咎められた権藤は、自分のシノギは自分で稼ぐ、とモグリで売春宿を営むバー「おけい」のママを恫喝し強引に用心棒に収まる。さらにペットの蛇をいつも連れ歩く気味の悪い流れ者の谷(三谷昇)を仲間に加え、権藤・大野・谷は「おけい」を根城にトリオを結成する。

 

まもなく、ある田舎娘(渚まゆみ)が騙されて「おけい」に連れて来られる。が、この娘は最初こそ権藤に犯され処女を奪われるものの、以後は強引に抵抗して客を取ろうとしない。怒った権藤にぶん殴られ、服も下着も取り上げられ、「大人しく客を取るまで何も着さねえからな」と脅されるが、それでも客の金的を蹴り上げ全裸のまま繁華街へと逃げだし、権藤に髪の毛をひっつかまれて連れ戻される。翌朝、娘の強情さにさすがの権藤もねをあげ、服を着せて「おけい」を追い出す。が、その日のうちに谷が娘を連れて帰ってくる。聞けば、勤めるはずだった工場が潰れてしまい、働く場所も、住む家も、行くあてもなく彷徨っていたのだという。

 

同じ頃、ヤミ売春のことを知った村井組長は、警察の摘発が入る前にすぐ商売を辞めろと権藤をどやしつけ、「おけい」は休業に追い込まれる。無業になった三人のヤクザと一人の娘の奇妙な共同生活がはじまった。

明くる日、権藤は昼飯に出前のラーメンを頼んだ。チャーシューメン二つと、ラーメン一つ。権藤と大野と谷の分だ。だが大野は用事で外に出かけていた。権藤は娘にラーメンを食べさせてやる。自分のチャーシューメンから、チャーシュー二つ取り分けてやる。

 

権藤は新生会の借金取り立てに苦しむ町工場の社長から借金帳消しを頼まれ、新生会を追い払う。だがこれは明確な新生会のシマ荒らしだった。新生会から反撃されて谷は命を落とし、権藤と大野は村井組から謹慎を受ける。ヤケを起こした権藤は、仇敵の新生会代貸・志賀(今井雄二)を撲殺し、「おけい」に女を連れ込んでイモーー権藤は田舎娘のことをそう呼ぶようになっていた。イモ娘のイモであるーーの目の前でセックスを始める。イモは権藤が寝ている間に「おけい」を出て行く。

 

村井組長は志賀殺しのケジメをつけるため、権藤の処分を新生会に約束する。権藤と大野は高飛びを図るが、軍資金を取り立てようとした大野の母と弟に逆上され、大野は殺される。ひとりになった権藤は反撃を決意し、村井を自宅で射殺するが、五十嵐ら村井組の襲撃でハチの巣にされる。

 

担架で運ばれる権藤の死体を、警察の現場検証のロープの外から見つめている女がいた。イモである。次の場面、中華そば屋でイモの前にラーメンが差し出される。彼女はチャーシューを箸に取り、そっとドンブリに戻す。そして麺をすする。涙がこぼれる。やがてイモはうなだれて嗚咽をはじめる。字幕が被さる。

 

そして数ヶ月後
この女は
狂犬の血をひいた
赤ん坊を産んだ

 

 

深作欣二のフィルモグラフィの中では「人斬り与太 狂犬三兄弟」は「仁義なき戦い」(1973)の一つ前にあたり、主演も菅原文太で、親分子分の争いというストーリーも両作品の類似性を感じさせる。

だがこの作品を、極めて暴力的な内容にも拘わらず独自の詩情を漂わせているのは渚まゆみの存在感あってのことだと思う。

渚まゆみ自身も「仁義なき戦い」一作目では松方弘樹の女房役として、また四作目「頂上作戦」ではヌードスタジオに売り飛ばされた過去を持つヤクザの情婦として登場するが、出番はあまり多くない。

渚まゆみはもともとは大映でデビューし、60年代から活躍していた。「濡れた二人」(増村保造監督・1968年大映)では若尾文子を向こうに回して北大路欣也演じる若い漁師を取り合う漁協の娘役をーー増村映画の女性らしく自分の情念に忠実でそのために体を張ることも厭わないーー熱演したのが印象的だ。大映の倒産と前後して東映に移ったが、ヌードも辞さない度胸もありヤクザの情婦役が多かったように思う。

 

「人斬り与太 狂犬三兄弟」での「イモ」(脚本では桂木道代という役名が与えられているが、劇中その名前で呼ばれることは一度もない)には、科白がまったくない。声が出ない役なのではない。松田寛夫・神波史男による脚本では「・・・」や「・・・!」という「せりふ」ばかりなのだ。

しかもイモは端役ではない。血の気が多すぎる狂犬・権藤がほんの束の間、気まぐれに垣間見せる優しさを受け止める、極めて重要な役だ。それを権藤が何気なく自分にチャーシューを分け与える仕草にハッと驚く表情、そして権藤の死を目の当たりにし、ふたたびラーメンに向かったときに一度チャーシューを持ち上げ、そっとドンブリにもどし、泣きながら麺をすする仕草を、一切の科白なしで表現した渚まゆみの素晴らしさを、決して忘れてはならない。

 

ある男の壮絶な生の記憶を、普通の人生であれば交錯するはずのない一人の娘が受け継いでゆく。そのきっかけがラーメンのチャーシューを与えるという一見何気ない場面だったのである。

 

菅原文太の関連記事
人斬り与太 狂犬三兄弟 [DVD]

人斬り与太 狂犬三兄弟 [DVD]

 

ブログトップに戻る

*1:この敵の組の名前、日本映画データベース http://www.japanese-cinema-db.jp/Details?id=11878 でも雑誌「シナリオ」2015年3月号に掲載されたオリジナル脚本でも「北闘会」という名前になっている。撮影直前に何らかの事情で変更になったようだ

乾いた花

元ヤクザの親分で俳優の安藤昇のインタビュー「映画俳優安藤昇」(ワイズ出版)を読んでいたら、こんな発言があった。

大体、博打というのはスリルがあるから面白い。金は命から二番目に大切なものだろう。にもかかわらず、それをオモチャにするのだから、これ以上面白いことはないだろう。

安藤昇はヤクザ映画ブームの一翼を担って多数の映画に出演する傍ら、ギャラの大半は競馬でスっていた。というより、競馬の資金を映画会社から前借りして、返すために映画に出ていたと言った方がいい。まあ、その一方で堅実な事業にも着手していたから、破綻することもなく晩年にさしかかりつつある。

思うに安藤昇のギャンブル狂には、少年時代の軍隊生活が影を落としているのだろう。昭和18(1943)年海軍航空隊に18歳で入隊、昭和20(1945)年6月、横須賀の特攻部隊に配属され本土決戦の猛訓練を受ける。その内容は潜水服を着て敵の上陸艇の船底に竹槍で爆雷を突き立てるという酷いものだった。当時のアクアラングは性能が悪く、運が悪ければガス中毒か大火傷かという危険きわまりないものだった。

…本当に、一歩間違えれば死と隣り合わせなんだから、危ないよ。清浄函という薄い錫板に苛性ソーダが入っているから、ちょっとした岩にぶつかっただけでも破れ、水が入って<ソーダ爆発>が起こり、噴き出してしまう。そうなれば火傷で済めばいい方で、下手をすれば、そのままお陀仏になってしまう。今考えると、あの頃の日本の軍隊が考えることは本当にお粗末なものだ。

人生で最も多感な18、19歳の時期を、こうした≪小さな死≫の反復で生きてきた安藤昇は、博打という命の次に大切なものをオモチャにすることで≪小さな死≫を反復し続けずにはいられなくなったのではないか、と思わずにはいられない。

 

だが博打狂いが戦争体験世代の特権かというとそんなわけでは全くないことは、数多の実例が証明している。博打の本質は安藤昇が的確に述べているように、命の次に大切なものをオモチャにするスリルであって、そこに異存を唱える人はいないと思う。

 

だから、「乾いた花」(篠田正浩監督・1964年松竹)に登場する謎めいた美女——美少女と言って良いくらいだが——冴子(加賀まりこ)が明らかに戦後世代なのにも拘わらず、賭場に出入りしては花札博打に大金を注ぎ込む姿に我々は何の違和感も感じないし、むしろ彼女の大きな瞳と、膝を崩し長い睫毛を伏し目がちに落として賭場をじっと見つめる姿を美しいとさえ思う。安藤昇の競馬狂いの一節を読んで、真っ先に思い出したのは「乾いた花」の加賀まりこの姿だった。

 

「乾いた花」は出所したばかりのヤクザ・村木(池部良)が賭場で冴子と出会い、彼女の破滅願望に時に付き合い、時に諫めながら奇妙な関係を結ぶという物語で、娑婆に出てみればかつての仇敵の組同士が手を取り合う緩みきった世界で、今より強いスリルを求めてレートの高い賭場をさ迷う冴子に心ならず惹かれてゆく村木の愛情と嫉妬ないまぜの感情を、池部良の抑制した名演で描かれる。冴子の本名も、家庭も仕事も最後まで明らかにはされない。

 

冴子は友達の医師から(本当は賭場にたむろする中国人・葉(藤木孝)から)覚醒剤をもらい試したと村木に告げる。カッとなり「馬鹿野郎!」と怒鳴る村木。「あんたにヤクよりもっといいもの見せてやる」と、村木は冴子をある高級レストランに連れて行く。

 

村木は冴子の見ている前で、関西の新興組織のボスを刺す。組の仕事だ。

「つまらない事だわ」
「つまらん事さ」

ことの一部始終はBGMのオペラのアリアにかき消され、音もなく終わる。瞬きもせず、冴子はじっと見つめる。そしてそれが村木と冴子の、最後をともにする瞬間となる。村木は再び収監され、冴子との音信は途絶え、二年後に村木はある噂を耳にする…。

この殺害シーンの撮影を、加賀まりこはずっと後にエッセイ集「純情ババアになりました。」(講談社)でこう回想している。

…映画のラストシーンで、私は池部さんが人を殺す光景をただ眺めてる。 その時の私の表情を、篠田さんはこうたとえてサジェストした。

「マリアの顔だよ!マリア」

あっ、そうなのね。一度は素直に思うものの、"生意気・西洋野菜・カガ"はパコ ーン!とボールを打ち返す。

「それはマググラのマリアですか、聖母マリアですか?」

 だけど、私も監督も、そんな瞬間化学反応みたいな会話から生まれてくる現場の空気を愛していたのだと思う。十字架にかけられたイエスの死を見守り、受容したマリアの静謐さをもって立ち尽くすんだよ、と。そうやって組み立てていく"モノづく り"が好きだったのだ。

 こうして冴子=加賀まりこは忘れがたい表情を観客に刻印する。

「乾いた花」で≪小さな死≫にのめりこんでゆく女を演じた加賀まりこは当時19歳。安藤昇が特攻隊員として死の瀬戸際に立っていたのと同じ年であった。

カテゴリ「ドラマ」の関連記事
<あの頃映画> 乾いた花 [DVD]

<あの頃映画> 乾いた花 [DVD]

 
純情ババァになりました。 (講談社文庫)

純情ババァになりました。 (講談社文庫)

 

ブログトップに戻る